論文概要
本研究は、視覚的な情報が種を超えた理解を促すうえでいかに重要であるかを示すと同時に、その限界も明らかにしている。
本研究では、視点の取得を「他者の思考や感情を想像することによって、その人の視点を心の中で採用したり理解したりすること」と定義している。これは認知的なプロセスだが、相手の感情状態を共有する共感を伴う場合もある。
人間が他の種に影響を及ぼす決定を数多く下していることを考えると、視点取得は動物福祉を向上させる強力な力になり得る。著者らは、政策に人間以外の存在の利益を反映させようとする動きが広がっていると指摘している。そこには、生態系や自然物に権利を与えようとする取り組みも含まれる(例:ニュージーランドのテ・アワ・トゥプア川に対する法的人格の付与)。しかし、動物の視点を人間の意思決定に取り入れるという目標の達成には、多くの心理的・文化的障壁がある。
これまで心理学研究の多くは、他の人間の視点を理解する能力に焦点を当ててきた。動物の視点を考えることには、特有の課題がある。動物との接触や経験が乏しいこと、そして動物は人間ほど重要ではなく、主体性も低いという信念が、その代表的な要因である。さらに、動物の苦しみについて考え、共感することへの不快感から、視点取得そのものを避ける人もいるかもしれない。
視点取得を妨げる要因をよりよく理解するため、本研究では、酪農業にいる動物が何を考え、何を感じているかを想像するよう求められた人々の主観的経験を調査した。参加者は、カナダの大学に通う心理学専攻の学部生51人で、授業の単位取得のために参加した。11人を除く全員が女性と回答し、2人を除く全員が自分を雑食者だと説明した。
最大6人によるZoomのフォーカスグループを用いて、各グループには、酪農業で一般的に行われる母牛と子牛の分離について、2種類の語り方のうちいずれか一方が提示された。研究者は正式な比較を行うのではなく、分析できる反応の幅を広げるために2つの形式を用いた。これにより、分析の材料となる、より豊かな回答が得られた。
- 文章による説明:没入感を抑えた体験として、半数のグループは、全国農場動物管理協議会の2009年乳牛飼養規範に基づく母牛と子牛の分離についての説明を聞いた。この説明では、子牛を母牛と長く一緒に過ごさせることで、母牛の産後の健康状態が改善し、同時に子牛の病気や死亡のリスクも低下し得るとされている。しかし、一緒にいる期間が長いほど、最終的な分離は両方の動物にとってより強いストレスになるとも指摘している。分離の時期にかかわらず、子牛には初乳、すなわち出産直後に分泌される抗体を豊富に含む乳を十分に与える必要があることが強調されている。
- 映像:より没入感の高い体験として、残りのグループは、低いアングルやクローズアップを用いて母牛と子牛が引き離される経験を捉えた、2021年のドキュメンタリー映画『Cow』の22分間の映像を視聴した。この映画にはナレーションがなく、農場作業員の存在も前面には出されていない。映像を見せる前に、進行役は参加者に対し、鳴き声やその他の表現を含め、母牛と子牛がどのように意思を伝えているかに注意を払い、双方の視点に立つよう求めた。
説明または映像を提示した後、進行役は母牛と子牛の分離という慣行について、各フォーカスグループの議論を導いた。議論の記録は、参加者が視点取得にどのように取り組んだかという観点から分析された。
全体として、両グループの参加者は、特に母子の絆や、分離によって生じるストレスと混乱に関して、動物の視点を認識していた。しかし、映像を視聴した参加者のほうが、概して議論への関与が深い傾向にあった。彼らは動物の視点や自分自身の感情をより詳しく語り、動物の経験についてより多く推測し、人間が作り出した環境や行動が動物に与える影響についてより深い洞察を示した。例えば、ある参加者は、子牛を連れ去られた後に母牛が餌を食べようとしなかったことを、「その牛なりの仕方で悲しみを表している」しるしだと述べた。別の参加者は、母牛が自分の子に授乳することを許されず、「機械で搾乳されている」のは「かなり苛立たしい」と話した。また、映像を視聴した参加者は、視点取得の難しさについて言及する傾向も強く見られた。
視点取得は共感を育む一方で、特に映像に接した場合には苦痛も引き起こし得る。一部の参加者は衝撃、動揺、不快感を覚え、それが苦痛回避の反応につながる可能性がある。研究者らは、苦痛回避によって、一部の参加者が牛も苦しむことがあるという事実を否認したことや、多くの参加者が母牛と子牛を分離する慣行が適切かどうかについて、いかなる結論にも達しようとしなかったことを説明できるのではないかと考えている。
参加者が動物の視点に立つ能力には、いくつかの要因が影響していた。その一つは媒体そのものである。文章による説明を読み聞かせられる場合と比べ、母牛と子牛の実際の経験や感情を映像で見ることは、はるかに生々しく鮮明であった。映像を視聴した参加者は、両者が何を経験していたのかをより想像しやすかったようである。ある参加者は、ナレーションがないことで「2頭の牛の感情が本当にはっきり見えた……牛にも感情があり、私たちと同じことを感じるのだという点が、より強く伝わった」と述べている。
もう一つは人間中心主義的な規範、すなわち人間は他の種よりも重要、あるいは優れているという広く浸透した文化的信念である。そのため、特に精神状態や感情に関して、他の種が人間と何らかの特性を共有していると想像することが難しい人もいる。反対に、比較を行き過ぎたものにすることを懸念し、擬人化(人間の特性を動物に当てはめること)を問題視する人もいる。例えば、ある参加者は映像を見て、「実際には、自分たちをその動物に投影しているだけなのではないか」と疑問を呈した。
最後に、対象が母子の絆を形成する哺乳類である牛だったため、より系統的に遠い種の場合と比べて視点取得の難しさが小さかった可能性がある。例えば鳥類や爬虫類を対象に同じ研究を行えば、異なる結果になるかもしれない。
研究者らは、動物の視点を人間の意思決定に取り入れるうえでの進展は、次の3つの要因に左右されると結論づけている。
- 意思決定者が、実際に動物の視点に向き合う意欲を持っているか。
- 動物の経験について、信頼でき、詳細で、具体的な状況に即した情報を入手できるか。
- 適切な心理的距離を見いだせるか(すなわち、共感を引き起こすには十分近い一方、苦痛回避へと追いやるほど強烈ではない距離)。
擁護活動を行う人々にとって、これらの知見は、必ずしも映像のほうが優れた媒体であることを意味しない。著者らは、研究設計上、そのような主張はできないと明言している。むしろ本研究が示唆しているのは、鮮明さがより深い関与を促す要因になるということであろう。しかし、その同じ鮮明さが一部の学生に苦痛を与えたようでもあり、それが視点取得を妨げる可能性がある。したがって、啓発資料にとっての実践的な教訓は、どの形式を選ぶかということよりも、どの程度強く感情を喚起するかという点にあるのかもしれない。資料がさまざまな対象者にどの程度強く感じられるかを検証することで、擁護活動を行う人々は、人を圧倒せずに共感を育み、動物の視点を意味のある形で考えられるようにする適切なバランスを見いだすことができる。
※本記事はこの記事の最下部にある論文のFaunalyticsのリサーチャーによる要約を、同団体の許可を得て翻訳したものです。
原文タイトル:Facilitating perspective-taking with animals in human decision-making
論文著者:Ryan, E. B., Billet, M. I., & Weary, D. M.
公開日: 2026/03/26

