なぜ「クリスマスチキン大量消費」は見直されつつあるのか

日本では長年、「クリスマスにはチキンを食べるものだ」という消費習慣が、半ば当然のように受け入れられてきました。毎年12月24日・25日には、全国のKFC(ケンタッキーフライドチキン)店舗で約300万食以上のフライドチキンが売れるとされ、クリスマスのチキン消費は日本の冬の定番となっています。

しかし近年、この“当たり前”に静かな変化が起きています。その背景には、消費者の嗜好変化だけでなく、企業経営の現実、供給構造の限界、そしてアニマルウェルフェア(AW)の視点が深く関わっているのです。

「クリスマスにチキン」は、日本独自につくられた文化

このサイトの読者であればご存じの通り、「クリスマスにチキンを食べる」文化は世界共通のものではありません。1970年代に日本のケンタッキーが展開したパーティーバーレルの広告キャンペーンをきっかけに、「クリスマス=ケンタッキー」「クリスマスチキン」という消費行動が日本社会に定着しました。

この成功は同時に、企業側に「クリスマスには大量のチキンを売らなければならない」という強い構造的制約を生みました。短期間に需要が極端に集中することで、生産現場や店舗スタッフには大きな負担がかかり続け、何より、その需要を満たすために生産されるブロイラーが最大の犠牲を被ってきました。

3日間に集中する売上がもたらすリスク

日本ケンタッキーが公表してきたデータによれば、2021年から2023年の12月23日〜25日の売上は、約72億円、約64億円、約70億円と推移しています。(※1文末に資料)2023年3月期の年間売上約999億円のうち、約7%がわずか3日間に集中している計算になります。

この数字は一見すると華々しいものですが、経営の視点から見れば大きなリスクを伴います。災害、感染症、鳥インフルエンザなど、どれか一つの要因でクリスマス期の供給や販売が滞れば、経営全体に即座に影響が及びます。「特別な日だから売れる」という前提に依存したビジネスモデルは、きわめて脆弱です。

「売れば売るほど儲かる」構造が崩れた

かつては、チキンを1本多く売れば、その分だけ売上と利益が積み上がる構造が成り立っていました。しかし現在では、その前提が崩れつつあります。

チキンを1本追加で売るために必要なコスト――生産現場での負担、店舗での調理、人員配置、原材料調達、供給リスク――は、一定の水準を超えると急激に増加します。一方で、その1本から得られる追加的な収益は、以前ほど伸びません。つまり、販売量を増やすほど限界費用が跳ね上がり、限界収益が低下する局面に入っているのです。

クリスマス商戦は、「売れば売るほど儲かる」段階をすでに過ぎ、「売れば売るほど大変になる」転換点を迎えていたと考えられます。

チキン単品販売をやめる店舗が増えている理由

実際、日本のケンタッキーでは、クリスマス期間にチキン単品での販売や予約販売を行わず、ケーキやグラタンなどとのセット販売に切り替える店舗が増えています。これは単なる販促手法の変更ではありません。

チキンは調理負担が大きく、現場の制約を直接受ける商品です。一方、ケーキやグラタンは仕入れて提供でき、調理・人員・供給のリスクを抑えられます。セット販売は、販売量を無理に増やさずに、1組あたりの売上と満足度を高める合理的な手法なのです。

アニマルウェルフェアとベターチキンが示す「別の合理性」

ここで重要なのは、アニマルウェルフェアやベターチキン基準が、単なる「動物に優しい取り組み」ではないという点です。これらは、現在のクリスマス商戦が直面している限界費用と限界収益(※2文末に注)のバランスの崩れを、根本から立て直す可能性を持っています。

日本のケンタッキーの親会社であるヤム・ブランズは、複数の国で「ベターチキン(旧ヨーロッパチキンコミットメント)」と呼ばれる、より高いAW基準への切り替えを2026年までに進めると表明しています。飼育密度の低減や人道的な屠畜などを含むこれらの基準は、短期間で大量の鶏を供給する従来モデルとは相容れません。

しかしそれは、「売れなくなる」ことを意味するのではありません。むしろ、「これ以上、量を無理に増やさなくてよい」という前提に立ち、一羽一羽の価値を高める方向へビジネスモデルを転換するための国際的な共通言語なのです。

アニマルウェルフェア、とりわけベターチキン基準は、限界費用の急激な上昇を抑えつつ、相対的に限界収益を高める方向への構造転換を可能にします。量を追うのではなく、価値を高めることで収益を安定させる――これは倫理ではなく、きわめて合理的な経営判断です。

アニマルウェルフェアは「制約」ではなく「解決策」

アニマルウェルフェアは、ときに「コスト増」として語られます。しかし、クリスマス商戦の変化を見れば、それは「売れば売るほど苦しくなる」構造から抜け出すための、現実的な解決策であることが分かります。

生産現場の負担を軽減し、供給リスクを下げ、企業経営を安定させる。そのために、量よりも価値を重視する方向へと舵を切る――アニマルウェルフェアとベターチキンは、その判断を後押しする強力なツールなのです。

日本社会が「クリスマス=チキン」という文化を今後も楽しむのであれば、その背景にある生産と消費の構造にも目を向ける必要があります。アニマルウェルフェアは、その問いに対する、倫理と経営の両面から導かれた答えの一つだと言えるでしょう。

※ 1

ケンタッキー2021年12月23~25日売上合計72億円https://japan.kfc.co.jp/news_release/3462
ケンタッキー2022年12月23~25日売上合計64億円https://japan.kfc.co.jp/news_release/5562
ケンタッキー2023年12月23~25日売上合計70億円https://japan.kfc.co.jp/news_release/7503

※ 2 限界費用…何かを「もう少し」増やしたときに、追加で生じる負担やコストのこと。
   限界収益…商品を「もう一つ」売ったときに得られる追加の売上のこと。

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