2010~2011年に実施された帯広食肉衛生検査所の調査から

アニマルウェルフェア畜産協会 奥野尚志氏コメント

アニマルウェルフェアの五つの自由を引き合いに出すまでもなく、命あるものにとって、命ある限りにおいて、自由に飲水できる状況にあることは必須のことである。今回の調査において、その状況が改善しつつあるとはいえ、未だ未設置の処理施設があることは残念である。2010~2011年に実施された帯広食肉衛生検査所の調査*1の調査時及びその後に実施した調査*2において、と畜直前(と畜場の繋留所)の飲水が肉質に悪影響を及ぼすと考える生産者や流通関係者がいることが判明し、科学的な根拠に基づくものか、調査研究*3が行われている。それによると繋留所での給水が肉質への悪影響がない一方で、行動の分析からストレスが緩和されていることが分かった。人においても猛暑時など水不足による身体へのストレスは重篤な状況を惹起することが報道で知られるところである。家畜においてもこの気候変動から逃れることはできず、生産現場では設備投資や工夫を凝らしているが、苦慮している。そのことを考えると、と畜場においても飲水設備の常備は急務であると考える。また。ストレスは品質にも悪影響を与えることは容易に推察できる。

輸送時間が短いこと⇒牛と比較して輸送時間が短いことで、設置に対する優先順位が後回しにされるのが理由ではないかと考える。しかし、畜種にかかわらず、私達の食を支える家畜に等しく、人道的な扱いがなされることは当然のことである。

当然のことである飲水設備が全ての処理施設に設置されるのに時間を要しているのは、行政に指導監督の権限が与えられていないことが要因の大きな一つである。法的な根拠がないからだと考える。家畜の取扱い全般について、と畜検査員が積極的に指導できる環境が整備されていない。わが国のと畜場の構造設備基準等の運用を定めていると畜場法(昭和28年法律114号)には、家畜の取扱い、アニマルウェルフェアからの観点からの文言はない。法律に沿って業務を行う行政、獣医師であると畜検査員にとって、なんとも歯がゆい思いを抱いている(心を痛めている)ものも多くいる。法律の制定から既に70年以上を経過して、社会、食、産業が大きく変化し、と畜頭数が増えている中で、家畜の取扱いについての法的根拠が欠落していることにもどかしさ、苛立たしさを禁じ得ない。また、家畜の取扱いが業務の一部となることによって、と畜検査員、作業者にかかわらず、観察する目が養われ、より深く知ろうとする意欲にもなる。その一方で対米、対EU等への輸出肉を取り扱う施設では、要綱において家畜の取扱いについての遵守事項が明記されており、それに従っている。同じ生産者から搬入された家畜でも、対米等輸出施設であるか否かによって、その扱いが違うということも生じている。畜産は家畜と人との共生が織りなすものであることを今一度、考えたい。

飲水設備を設置することによって、作業者や家畜の事故等が発生するのではないかという懸念を抱く運営者もいるようである。しかし、多くの処理施設で飲水設備を導入し、また欧米では当然のことである。どのような形態がふさわしいのか、事故を防ぐにはどのような対策が必要なのか、どのように家畜を誘導すればいいのか、繋留所内での家畜の取扱いはこれでいいのか等、家畜には選択権がないのであるから、人、運用者が考えるべきことであり、設置していなければ事故は起こらない、ということではない。知恵を絞る、協議することによって新たな課題も見えてくるのではないだろうか。家畜の取扱いの改善に努めることは、人の精神的肉体的負担を軽減することでもある。食肉産業の労働確保、地位向上にもつながる。その観点からも、今後食肉処理施設において家畜に取扱いに関する活発な協議、議論が展開することを願っている。

飲用水設備に関する一連の調査研究が多少なりともきっかけとなり、食肉処理施設の家畜の取扱いについて、多くの観点から調査研究が進み(飲用水設備の調査研究に取り組めたのは、所属する組織が認識の共有、理解する環境があった)、エッセンシャルな過程である食肉処理施設の存在への社会的認知度、関心が高まり、開かれたと畜場からの発信が進み、「いただきます」が本当に自分のものになるよう、そう願う。

*1:「と畜の繋留所における飲水設備の設置状況」(日獣会誌66、奥野ら)

*2:「と畜の繋留所における飲水設備の設置状況Ⅱ生産者の意識調査と今後の報告性」(日本家畜管理学応用動物行動学会誌49(1)、21奥野ら)

*3:「と畜場での牛への給水が枝肉格付と行動に及ぼす影響」(日本家畜管理学応用動物行動学会誌51(1)、37瀬尾ら)