論文概要
牛肉をはじめとする赤肉の過剰摂取は、がんや心血管疾患のリスク上昇につながっており、健康に対する懸念は世界的に強まっている。赤肉の消費に伴う健康への影響は、2020年には全世界で2850億米ドルに上り、同年における総医療費の約0.3%を占めると推定されている。食品を選択する際に働いている心理メカニズムを理解することは極めて重要であり、消費習慣を変え、健康的な行動を促し、持続可能な食事パターンを実現することにつながる。
この問題に取り組むため、本研究では人々に影響を与えるためのツールとしてバーチャルリアリティ(VR)を活用した場合に、心理メカニズムの一つである共感性が、牛肉の消費量を減らす意思や食生活に関する意識にどのような影響を及ぼしているかを検証した。
参加者142名を対象とする実験計画を実施した結果、VR の状況では共感性の高い参加者ほど、畜産農場で牛たちの生活に立ち会う臨場感を強く経験することが明らかとなった。VR におけるこの経験は牛肉の消費に関する意識に大きく影響しており、牛肉を食べることに反対する意識が強まっていた(p = 0.029)。
従って、VR は牛肉を食べる意欲を減退させるうえで有効な媒体であり、肉の過剰摂取に伴う健康リスクを予防するために利用できると考えられる。本研究ではまた、VR による介入手法を設計する際には個人の共感性を考慮することが重要であることが明らかとなったが、このことは VR による介入の効果を最大化し、より健康的な食習慣を促進し、ひいては公衆衛生を向上させるためにも必要である。一方、本研究では VR 介入による短期的な意識の変化を調べたのみで、こうした変化が長期にわたって持続するかどうかについての追跡調査を含んでいないため、この点は研究の限界として挙げておく必要がある。