赤肉・加工肉の消費削減に異議を唱えるのは誰か?――メディアのフレーミング分析

論文概要

 

要旨

目的: 赤肉・加工肉(RPM)の多い食事は、環境悪化、温室効果ガス排出、世界的な慢性疾患の負担に大きく寄与している。注目度の高い報告書は、特に高所得の地域において、世界全体でRPMを大幅に削減するよう求めている。それにもかかわらず、この問題に対する政策上の関心と政治的優先度は低い。

研究デザイン: 本研究は、理論に基づくフレーミング分析を用い、RPMの大量生産や大量消費の影響を扱う権威ある組織の注目度の高い報告書4件の公表前後に掲載されたオンライン報道記事において、さまざまな利益集団がRPM削減について用いたフレームを特定した。

研究の対象地域:RPMの主要な生産国・消費国である米国、英国、オーストラリア、ニュージーランドの4か国

参加者: なし

結果: 報道記事150件を分析対象とした。記事は、研究者、政策立案者、業界代表者、記事執筆者自身の見解を伝えていた。RPM削減は著しく意見を二極化させていた。業界はしばしばRPM削減を「ヴィーガン・アジェンダ」の一部、あるいは少数のエリートが提唱するものとして描いた。また、RPM削減は個人の選択や伝統的価値観への侵害としても描かれていた。多くの利益集団は、証拠に関する合意の欠如、あるいは特定の農業・加工形態だけが有害だという主張を挙げ、報告書の信用を損なおうとしていた。報告書の知見に沿った記事では、研究者や栄養専門家が引用される傾向が強かった。

結論: RPM削減をめぐる二極化は、肉の削減に賛成する主体と反対する主体の二項対立を生んでいる。この分断は、政治指導者がこの問題を政策課題として優先する度合いを低下させる可能性がある。ニュアンスを踏まえた、文脈に応じたメッセージを用いることで、肉をめぐる語りの対立を和らげ、RPMに伴う健康・環境被害への対処をより効果的にできる可能性がある。

キーワード:肉の削減、フレーミング、メディア、持続可能な食料システム、健康、環境、ヴィーガン・アジェンダ

工業化された食料システムは、世界中の人々が経験する健康・環境負担の増大をもたらす主要因の一つである。動物由来食品と超加工食品の過剰な生産・消費は、いずれも早急な政策的対応を要する重大な害だ。赤肉・加工肉(RPM)は、高所得国の人々の食事で過大な割合を占めており、低・中所得国(LMIC)の食事でもその割合が増加している。赤肉は、ビタミンB₁₂などの重要なミネラルやビタミンの供給源として認められ、健康的な食事の一部となりうるが、過剰摂取はがんを含む重大な健康リスクと関連する。加工肉はWHOによりグループ1の発がん性物質に分類され、大腸がんリスクの上昇と関連しており、胃がんとの関連を示す証拠も現れている。食事中のRPMの割合が増えると、全粒穀物、果物、野菜が置き換えられることもあり、世界的な疾病負担をさらに増大させる。加えて、RPMの工業的生産は、特に穀物飼料に依存する集約的農業を通じて、大きな環境被害を生む。RPMの工業的生産には、飼料作物生産など資源集約的な投入を必要とする、しばしば世界規模の供給網が伴い、温室効果ガス排出、森林破壊、淡水利用、土地保全に関する地球の限界を超えている。米国のような国でRPM生産の大半を占める集約的農業は、動物福祉も損ない、薬剤耐性をもたらす主要因であり、当時進行中だったCOVID-19パンデミックのような新たな人獣共通感染症ウイルスの発生頻度の増加にも寄与している。

こうした懸念を認識し、世界の多くの権威ある組織は「食料システムの変革」を求めている。健康で持続可能な食料システムに関するEAT-Lancet委員会や、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の『気候変動と土地』などの注目度の高い報告書は、健康で持続可能な食料システムを実現するための基本的な行動として、特に高所得国における、世界全体の肉の生産・消費の大幅削減を求めている。そのために提案されている介入には、ガバナンスや説明責任の仕組み、食環境の設計など、食料システムの設計と機能を直接対象とする一連の政策措置がある。また、排出課税や表示制度など、生産過程の特定のフィードバック・ループに働きかけ、他の介入と組み合わせてシステム全体に影響を与える介入も含まれる。 こうした変革の呼びかけにもかかわらず、RPM削減という考え方に対する政策上の関心と政治的優先度は低いようである。ここでRPM削減とは、食料システム全体にわたる行動を伴い、赤肉・加工肉の生産、マーケティング、消費を削減する体系的な取り組みと定義する。RPM削減について体系的な政策措置を実施した政府は、あったとしてもごく少数だ。RPMが実際に問題なのかをめぐる論争や、肉の文化的・歴史的・経済的重要性に基づく政治的に根強い反対など、複数の要因が政策の停滞に寄与している。RPMを取り巻く考え方や語りの力、また、それらがさまざまな利益集団によって削減の促進や阻止に向けてどのように強化され利用されるかについて、学術的な関心は乏しい。市民の言説において問題がどう枠づけられるかは、一般市民の知識、態度、行動に大きな影響を及ぼしうるため、この研究の不足は見過ごされた課題である。

考え方は社会に浸透し、高水準のRPM消費を持続させうる。こうした考え方は、さまざまな主体が自らの利益を追求したり、相手に対抗したりするために、確立、強化、操作することがある。これは「言説的権力」と呼ばれ、考え方を用いて関心を生み、科学的証拠を方向づけ、議論を枠づけ、社会規範に影響を与えることを意味する。「健康の商業的決定要因」(CDoH)に関する研究の蓄積は、企業や業界団体が、価格戦略、広告、販促などの市場慣行と、ロビー活動、企業による研究、自主規制などの政治的慣行を用い、健康に有害な製品の市場を促進・維持することを示している。その例は、たばこ、アルコール、超加工食品である。しかし、RPM業界をフレーミング戦略も含めて検討した研究は少ない。メディアで肉がどう表現されるかに関する従来の研究は、消費者の環境影響への認識、健康影響への認識、情報の信頼性の捉え方、肉に関する報道量、消費者の購買習慣に対するメディアの影響に焦点を当てていた。ある研究は、BSE危機などの社会的危機に応じた肉をめぐる語りの変化を調べ、食肉業界やヴィーガン運動を含む多様な利益集団が、強く二極化した言説に寄与していたことを見いだした。ただし、その研究は一つの報道機関からしか記事を収集せず、フレームを特定の主体に帰属させていなかった。 本研究の目的は、RPM削減という課題が報道メディアでどのように表現され、解釈されているかを理解することだ。具体的には、健康で持続可能な食事と食料システムの変革に関する注目度の高い報告書のRPM削減勧告に対して、さまざまな利益集団が報道メディアで用いるフレームを特定する。これらの報告書のRPM削減勧告は、集団によって、食肉業界や消費者には脅威、健康・環境専門家や代替たんぱく質業界には機会と捉えられうるため、報道で大きな論争を生むと予想した。本研究は、肉の削減が各利益集団によってどのように枠づけられ、争われるのか、また、こうした枠づけと論争が、食料システムの変革を実現する今後の行動にどのような意味を持つのかを問う。

方法

研究デザイン

質的な、理論に基づくフレーミング分析法を採用した。これは、(i)資料収集、(ii)テーマ分析、(iii)最終的なテーマと結果の統合、という3段階からなる。

実施可能性を考慮し、研究範囲は英語を主要言語とするRPMの主要生産国・消費国である米国、英国、オーストラリア、ニュージーランドの4か国に限定した。RPM削減勧告を含む注目度の高い次の4報告書のいずれかの公表前2か月と公表後4か月に記事を掲載した、これらの国のオンライン報道機関を対象とした。
(1)『Livestock’s Long Shadow(家畜の長い影)』(2006年11月)、国連食糧農業機関(FAO)、イタリア・ローマ。
(2)『ヒトに対する発がんリスクの評価に関するモノグラフ―赤肉と加工肉』(2015年10月)、WHO国際がん研究機関(WHO-IARC)、フランス・リヨン。
(3)『人新世の食料:持続可能な食料システムによる健康的な食事』。食料・地球・健康に関するEAT-Lancet委員会の一環として公表(2019年1月)、EAT財団、オンライン。以下、EAT-Lancetとする。
(4)『気候変動と土地』(2019年8月)、気候変動に関する政府間パネル、スイス・ジュネーブ。以下、IPCCとする。 各報告書は、RPMの大量消費や大量生産が人の健康や環境に及ぼす影響を扱っていた。2000年以降、RPMに伴う害に焦点を当てた報告書は多数公表されているが、この4件は大きなメディアの関心を集めた。RPM削減に関する具体的な結論や勧告の一覧表を補足資料に収録している。

理論

報道メディアにおけるRPM削減のフレーミングと論争を理解するため、構成主義的な方法を採用した。構成主義は、測定・観察可能で人間の解釈から独立して存在する「唯物論的」な現実観と対照的に、現実の性質を人間によって「構成」されるものとして理解する立場だ。構成主義的アプローチは、特定の社会的・政治的環境における規範、考え方、知識、文化の役割を考察する。特に、間主観的、あるいは広く共有された見解が、その後「目的を持って行動する主体の利益とアイデンティティ」を形づくる点を重視する。これらは通常、「フレーム」という形で提示される。フレームとは、現実を解釈し意味を伝えるための、中心的で統一的な考え方、または一連の考え方である。フレームはマス・コミュニケーションの不可避な特徴であり、政治的・社会的世界を解釈する手段として頼られる。ただし、主体が特定の課題や政策運動への支持を説得・獲得しようとする際、意図的かつ戦略的に用いられることも多い。

「政策フレーム」は、何を「政策上の問題」と見なし、何を見なさないかを定義する助けとなる考え方だ。また、政策過程で誰を正当な利害関係者と見なし、誰を見なさないか、どのような知識や証拠が関連性を持ち、受け入れられるかにも影響する。政策研究者は、さまざまな主体が自らの課題や目標を進めるために政策フレームを構築・利用する複数の方法を記録している。そこには、問題を定義すること、あるいはそもそも何かを問題と認めること、因果関係や原因となる主体を特定すること、解決責任を割り当てること、支持を集め反対に対抗するために、問題の対処可能性と便益を位置づけることが含まれる。フレームは、価値観や信念を共有する利益集団や学術専門家など、多くの主体に支持されると浸透する。これは「調整的言説」と呼ばれる。

フレームの共鳴は、政策決定を導く既存のパラダイムや、より深いイデオロギーの中で強まることも弱まることもある。「パラダイム」は整合的な考え方の集合であり、政策の文脈では、政策目標の設定だけでなく、それを達成する「最善」の方法や、政策が対処しようとする問題そのものの性質にも影響する。こうした考え方は、正式な法律や規制だけでなく、意思決定を導く非公式な規範や信念としても「制度化」されうる。そうした制度は、どの考え方が検討に値し、どれが値しないかを選別する観念的フィルターとして機能しうる。RPM、ひいては食料全般の文脈では、米国、英国、オーストラリアを含む多くの西欧諸国に、「生産主義」が政策パラダイムとして深く根づいている。それは政策を効率、市場拡大、貿易という目標へ向かわせ、高水準のRPM生産を支える。生産主義は、より深いイデオロギーである新自由主義の中に組み込まれている。新自由主義は、小さな政府、自由市場、権限を分散した統治を重視し、政策への民間部門の関与拡大と、個々の消費者の責任の役割拡大を強調する。

より広く見れば、「カーニズム(肉食主義)」のようなイデオロギーが、こうした政策目標を下支えし、維持している。カーニズムは、肉を人間の食事の「自然な」「普通の」「必要な」要素と見なす。肉は何千年も世界中の人間の食事の一部であり、生体利用率の高いビタミンや栄養素を供給する。しかし現在、特に高所得国では、栄養上必要な量を超えて消費され、果物や野菜の摂取と比べて、食事全体でより大きな割合を占めている。Arcariはこれを、世界の多くの社会に埋め込まれた価値観と説明している。それは過剰な肉の消費を当たり前とし、現代の集約的農業を正当化する。カーニズムは、このように高水準の肉摂取の「必要性」を補強する一方、その量の肉の消費がもたらす、人・動物・地球の健康への害を見えにくくする。

政策の優先順位を形成する際の証拠の用い方にも、大きなばらつきがある。社会的構築という意味合いを帯びる「考え方」とは対照的に、「証拠」は客観的で政治的偏りがないものと想定される。政策立案は、その時点で利用できる最善の証拠に基づくべきだ。しかし、多くの政策は考え方などの他のさまざまな要因に強く左右され、最善の科学的知識に反して策定されることさえある。さらに、特定のパラダイムを支えたり、競合するパラダイムを見えにくくしたりするため、証拠が選択的に生成、統合、解釈・伝達されることもある。RPM削減のような提案された政策目標が、異なる利益を持つ異なる主体によってどう異なる解釈を受けるのかを理解することは極めて重要だ。

報道メディアを含む社会的言説で、どの考え方が解釈され、伝達されているか、すなわち枠づけられているかを確かめるには、フレーミング分析がよく用いられる。報道機関やネットワークを通じて、さまざまな利益集団がどのようなフレームを伝えているのか、また、伝えられた考え方が一般市民にどう受け止められ、政策課題でもどう優先されるのかを理解することが重要だ。

研究者の立場に関する声明

著者がRPM削減をどう解釈し描くかは、本研究に影響し、研究のあらゆる部分を左右する可能性がある。著者らは、RPMや動物由来食品が多くの人にとって健康・栄養上の重要な役割を果たしうるし、実際に果たしていることを認める。現在、どのような食料であれ、十分な量を入手できない人が多数いる。RPM削減の負担を彼らに負わせるべきではない。動物は、一部の伝統的・現代的な農業システムで生態学的に配慮した方法で利用されうるし、実際に利用されており、動物由来の食料はほとんどの食文化や料理の重要な一部であることも認める。本論文で懸念しているのは、人間の必要量と地球の限界を大幅に超え、しばしば動物福祉を犠牲にするRPMの生産・消費水準である。

資料収集

2020年7月に、4報告書の公表前後の6か月間を対象として、ProQuest International Newsstreamデータベースの体系的検索を実施した。このデータベースは、世界の主要な報道源2,800以上について数十年分のアーカイブを含み、政治的傾向の異なる幅広い報道源を収録すると判断したため選定した。適切な検索語を決めるため、各報告書と、それに付随する政策・メディア向け要約のPDFを質的分析ソフトウェアNVivoに取り込み、単語の出現頻度を調べた。最終的な検索式は、「(報告書名)」「meat」「livestock」「(組織名)」を含んだ。検索記録を含む検索の詳細な説明は、補足資料に示す。関連する報告書に記事中で言及し、記事全体のテーマが肉やRPM削減勧告に関する場合、その記事を分析に含めた。

テーマ分析

記事からの情報抽出は2段階で行った。まず、著者、年、題名、発行元という記事の特徴、社説・報道・意見という記事の種類、記事全体の論調などの基本データをExcelに入力した。記事を「肉支持」「中立」「削減支持」に分類し、全体の20%を無作為に抽出して、同じ基準で独立に分類した。分類は、RPM削減に対する支持・中立・反対の文の比率を計算し、多数を占める立場を最終評価とすることで行った。著者間の一致率は90%と算出された。分類が一致しない場合は、チームで議論し相違を解消した。その後、記事全体を読み、上述の枠組みに沿ってNVivoでコード化した。理論に基づき、記事をコード化する初期スキーマを作成し(表1)、分析中にコードを追加・修正できるよう反復的な過程を適用するとともに、初期スキーマが分析を制約することを防いだ。解釈的研究に沿って、理論、コード化されたデータ、研究チームとの議論を通じ、現れつつあるテーマを継続的に比較し、省察・精緻化した。著者らは解釈の合意に至るため、継続して知見を議論した。確立したテーマの最終一覧について合意し、補足資料に掲載した。

表1 フレーミング分析を導くために用いたコーディング・スキーマ

結果

分析には計150件の報道記事を含めた。主な記事形式はニュース報道で、ニュース記事119件に対し、意見・論評記事は28件だった。各報告書への反応として掲載された記事数は異なり、FAO報告書に関するものが23件、WHO報告書が39件、EAT-Lancet報告書が48件、IPCC報告書が40件だった。これらのうち、英国の報道機関が掲載した記事が66件、米国が33件、オーストラリアが33件、ニュージーランドが17件だった。参照しやすいよう記事に1~150の番号を付け、補足資料に一覧を示した。以下の結果では、この番号で記事を参照する。

記事全体の論調では、61件を「肉支持」、53件を「削減支持」、32件を「中立」に分類した。2件はRPM削減そのものよりもEAT財団の信用を損なうことに焦点を当てていたため、「反EAT」に分類した。 記事は、健康・環境・経済分野の研究者、政策立案者、報告書を作成した組織や非政府組織(NGO)を含む組織代表者、業界や農業組合などの業界代表者、栄養士など、多様な利益集団や専門家の報告書への反応を伝えていた。記事執筆者の見解も反映されていた。ニュース報道として提示された記事でも、多くは事実や利害関係者の意見を伝えるだけでなく、独自の論説的意見を明示していた。健康・環境研究者、組織代表者、栄養士の引用を主に掲載した記事は「削減支持」に傾き、食肉業界代表者や経済専門家を中心に取り上げた記事は「肉支持」に傾く傾向があった。

赤肉・加工肉と、それに伴う健康・環境被害の複雑性

問題がどの程度複雑だと認識されるかは、人間の介入によって対処可能だと見なされる度合いに影響する。原因が曖昧、または複雑だと見なされる問題は、公共の言説で注目され、政府の政策課題となる可能性が低いことが多い。問題を引き起こす責任が誰、あるいは何にあるのかが不確かだと、問題の解決方法も曖昧になりうる。多くの主体はフレーミングで問題の複雑さを強調し、この問題に特に政策的関心を向ける必要性に異議を唱えていた。

多くの「肉支持」記事は、食事、栄養、良好な健康の間の複雑な関係を強調し、RPM削減の提案は単純化しすぎだと主張した。また、多くはRPMによる害には科学的合意がないと示唆し、RPM削減の呼びかけを根拠のないもの、場合によっては無責任なものとして描いた。こうした見解は主に業界代表者が示していた。例えば、次のような発言だ。

科学界で合意が得られておらず、赤肉とがんの因果関係に関する証拠が非常に弱いにもかかわらず、[WHO]が加工肉をヒトに対して「確実に」、赤肉を「おそらく」発がん性があると分類する強い結論を出したことに、私は非常に驚いている。(食肉業界代表者、WHO報告書への反応)

一部の「肉支持」記事は、最上級表現や提喩を用い、健康リスクは誇張されているだけでなく、滑稽ですらあると描いた。

[論説の語り]「加工肉を食べる頻度を減らせば、そもそも健康リスクは小さく、おそらく夏のヴィーガン・バーベキューで発がん性のある煙を少し吸い込む程度と同じだということを、忘れてはならない。」(EAT-Lancet報告書への反応)

業界代表団体は、環境被害についても同じ複雑性のフレームを用いた。放牧と集約的農業の違いなど、農業手法の多様さや、それぞれが環境に及ぼす影響の程度の違いに注意を向けるため、引用が用いられた。

[業界団体]「報告書は世界全体を対象としており、持続可能性で世界を先導するオーストラリアの業界を具体的に扱ってはいない。第二に、オーストラリア大陸の大部分は作物栽培に適さない。そのため、牧草を利用した放牧……が、この国でたんぱく質を生産する最も持続可能な方法だ。」(IPCC報告書への反応)

赤肉・加工肉の過剰消費の責任を帰属させる

メディアは、特に問題を生み出したり悪化させたりする責任を割り当てる点で、議題設定に重要な役割を果たす。責任は、個人や個人の選択に帰属させ、政府の対応範囲外とすることも、公共の問題として位置づけ、説明責任をより広く配分することもできる。一方、政府や大企業といった大きな組織の責任は、見過ごされることが多い。責任の位置づけにどれだけ注意を払うかは、最善の進め方に関する市民の認識を左右しうる。

ほとんどの記事で、過剰なRPM消費は個人の食の選択に帰属させられ、その害を減らす責任は専ら個々の消費者にあるとされた。この見解は主に「肉支持」記事に見られたが、一部の「削減支持」記事にも見られた。例えば、複数の環境活動家は「人間の過剰消費が危機を招く」というフレームを示した。

[意見記事の執筆者][FAO報告書]に関する記事は、牛肉産業が水産業や家禽産業と同様、主に先進国の飽くなき肉への需要を満たすために存在することに触れていない……。肉を食べる習慣を克服すれば、すべての人に、より清潔な環境と、より持続可能な未来をもたらせる。(FAO報告書への反応)

多くの「削減支持」記事は肉食を「ライフスタイルの選択」と呼び、より意識的な消費者になるよう読者に促した。それでも、多くの消費者が食品ごとの環境影響を知らないことが認められていた。その一因は、学界、メディア、政府が互いに矛盾するメッセージを発していることだ。複数の研究者や環境活動家は、食肉業界とそのロビイストを、健康・気候政策を企業利益に沿う方向へ動かす積極的な主体として位置づけていた。ある「削減支持」記事では、「業界の見栄えをよくする」ための業界資金による科学研究という主張が取り上げられた。

既存の政府政策が高水準のRPM生産をもたらし、持続させる役割に言及した記事は少なかった。ある「中立」記事は、ニュージーランドの保健大臣が、IPCC報告書によって土地管理・環境保全に関する公共政策の失敗が明らかになり、それが現在の気候危機を引き起こし悪化させていると認めた発言を引用した。政府の農業補助金のような経済的誘因は、業界の政府依存を生み、RPM削減の大きな障害となることが指摘された。 FAO報告書とIPCC報告書への反応として、複数の「肉支持」記事は、化石燃料など他の産業部門に比べて農業が気候危機に果たす役割を小さく描き、RPM削減の動き全体の信用を損なおうとした。これらは主に業界代表団体が唱え、食肉業界団体の顧問を務める一部の栄養専門家も唱えていた。少数の記事はさらに、RPM削減の推進には、英国のSoil AssociationやBeyond Meatのような新規たんぱく質企業など、競合する業界の支援があると示唆した。この見解は、RPM消費が減れば食肉代替品市場が得られる多額の収益をほのめかしていた。

赤肉・加工肉の問題に対する解決策のフレーミング

政策立案者が問題の解決策をどう特定し解釈するかは、それが社会の広範な価値観にどう適合するか、また、そもそも問題がどう枠づけられたかに大きく依存しうる。例えば、肥満を「個人の責任」と枠づけると、食品表示や地域教育のような教育志向の政策の促進を後押しする。フレームは、経済的繁栄から社会正義、地域の健康・幸福に至る、社会のより広い目標や願望を反映しうる。前節までに示したように、RPMの大量消費・大量生産に伴う問題を受け入れようとしない姿勢により、解決策は漠然と、あるいは曖昧に提示され、時には冷笑的に評価された。

報告書の結論を受け入れ、RPMに伴う健康や持続可能性への害を認めた記事では、多様な解決策が提案された。肉への課税、農業補助金の廃止、新規たんぱく質食品など代替的な選択肢の創出、排出量を抑える農業技術の改善などだ。健康・環境研究者の見解を含む記事を除けば、多くの解決策は、食料システムの各側面に働きかける体系的な変化ではなく、単独で独立した政策措置として枠づけられた。

多くの業界代表者は、業界を解決に不可欠な存在と位置づけ、業界なしにはRPMの害を緩和できないとした。放牧型農業が大気中の炭素の隔離や一部の植生の保全に果たしうる役割を踏まえ、特にニュージーランドと英国の多くの食肉業界代表者は、環境上の懸念の一部に対処するうえで有利な立場にあると主張した。

ほとんどの記事では解決策が単独の介入として示されたものの、「肉支持」「削減支持」の双方で、世界全体に適用できる「万能の解決策」はないという点では、おおむね一致していた。一部の健康研究者は、削減勧告を一般化しないことの重要性を強調した。栄養不良の二重負荷に直面する低・中所得国の人々は、栄養的に十分な食事のために動物由来食品に依存しているからだ。また、持続可能性の研究者や農業代表者は、反すう動物の飼育形態はすべて同じではなく、持続可能性へのリスクが比較的小さいものもあると論じた。

[業界代表者]「報告書は、ニュージーランドの農業が多くの点で適切に取り組み、より良い環境成果を得るための解決策を見いだす分野で先頭を走っていると述べている」と彼は語った。「報告書によれば、ニュージーランドは最も効率的で環境への害が少ない反すう家畜産業の一つとなっている。」(FAO報告書への反応)

この複雑さは認められていたものの、ほとんどの記事でRPM削減は、極端あるいは無差別な表現によって、主に「一律」の政策アプローチとして描かれた。そのうえで、社会に重大な影響を与える可能性や、市民の自由の喪失と比較衡量された。

少数の「肉支持」記事は、RPM削減のために提案された一部の行動が、RPMに伴う害への対処に有効かどうかに懐疑的だった。場合によっては、効果がないだけでなく、意図せず害をもたらすものと表現された。[論説の語り]「赤肉に課税すれば、多くの人が家禽肉をもっと食べるようになるだろう。家禽はほぼ常に飼料で飼育されるため、地球への負担が増える。」(EAT-Lancet報告書への反応)

肉および肉の削減に伴うリスクのフレーミング

問題そのもののリスクと、考えられる解決策のリスクを評価することは、政策立案の重要な要素だ。リスクと便益の分析は、解決策が望ましい結果を生むかどうかを判断する助けとなる。しかし、結果から誰が利益を得て、誰が害を受けるリスクを負うのかは、解釈に開かれている。政策課題について一方の視点を他方より強調するフレームは、「成功」、すなわちその課題の克服をどう理解し定義するかを形づくり、左右する。

RPM削減に向けて提案された行動は、記事が「肉支持」か「削減支持」かによって異なる評価を受けた。「削減支持」記事は概して肯定的に描き、温室効果ガス(GHG)排出の削減や、住民の慢性的な健康負担の軽減という便益を強調した。一方、「肉支持」記事は肉の削減に伴うリスクに注目する傾向があった。頻度の高い順に、個人の自由や楽しみの制限(26回)、食肉業界や農家の破壊(19回)、伝統の破壊(15回)、肉を食べない食事による健康リスク(12回)、すでに脆弱な立場にある人々へのリスク(7回)、植物由来の模造肉など新規たんぱく質の不自然さや望ましくなさ(3回)、経済的損失のリスク(3回)、他国がRPM生産を続けるため国内の環境改善が無効になること(1回)が挙げられた。

選択の制限と文化的伝統の破壊は繰り返し持ち出され、上述の「根拠のない」、あるいは誇張されたRPMの健康・環境被害に比べて、不釣り合いに大きなリスクとして描かれた。この選択への侵害は、主に名のないエリートや権力を求める政府による社会統制の手段として提示された。

[意見記事の執筆者]率直に言って、何を食べ、飲み、運転すべきかなどについて説教されることにはうんざりだ……。植物中心の食事で暮らすつもりはなく、これまでどおり肉を楽しみ続ける。(IPCC報告書への反応)

肉の削減を枠づけるために用いられた修辞技法

フレームをさらに強調するため、あるいは「あるものを、別のものよりも、ある特定のものに似て見せる」ために、多様な修辞技法が用いられた。表2に、記事全体で用いられた主要な修辞技法を示す。

表2

レトリック的装置フレームの例引用例
メタファー肉との戦争「悪魔は変幻自在の存在だ。悪魔は邪悪な食品の姿をとる。それに対抗して、私たちはすでに砂糖との戦争を戦ってきた。そして今や赤肉との戦争を戦っている。」
衰退の物語文化的・伝統的価値の破壊「驚くべきことではないだろうか。何千年もの間、健康や活力の象徴であった肉が、今では私たちの身体や動物、さらには地球にとって有害なものとしてしばしば描かれている。なぜベジタリアニズムやヴィーガニズムという少数派の言説が、現在あらゆるメディアを席巻しているのか。」
無力さと統制の物語食肉削減は貧しい人々を苦しめる「多くの人々はすでに生計を立てるのに苦労している。では、なぜ[肉税]を課して事態をさらに悪化させるのか。……もしヴィーガンやベジタリアン食を実践する人々が、適切な栄養不足に起因する骨粗しょう症などの疾患を避けられるのであれば興味深い。」
象徴体系的な食肉削減は個人の自由を制限する「欠点として、この[EAT-Lancet]食事法は決して食を楽しむ祭典のようなものではない。しかし利点としては、将来のオーストラリア・デーのバーベキューで食べる肉は、小銭で賄える程度の量になるだろう。」
数字による物語化人間による過剰消費が危機を招く「豊かさの向上に伴い、人々は世界中でより多くの肉や乳製品を消費している。世界の食肉生産量は1999/2001年の2億2900万トンから2050年には4億6500万トンへと2倍以上に増加すると予測されている。一方、乳生産量は5億8000万トンから10億4300万トンへ増加すると見込まれている。」

「ヴィーガン・アジェンダ」と主導権をめぐる争い

すべての記事に顕著だったのは、肉の削減に関連して他の主体を枠づけることだ。これは概して、自らの「削減支持」または「肉支持」のフレームを支えるため、対立相手の信用や正当性を損なう手段として用いられた。例えば、業界代表者、地元の農家や精肉店はしばしば報告書の真実性を疑い、科学者が因果関係ではなく相関関係の証拠に基づき、一般化や不適切な勧告を行ったと示唆した。これには、科学者が「疑わしい」、あるいは信頼できない行動を取っているという主張が添えられていた。 複数の記事が伝えるように、業界や「肉支持」の擁護者は、各報告書の知見について誤った理解を広め、市民を誤導したとして、メディア自体も非難した。メディアは「誇張的」と呼ばれ、「反肉」の目標を進めるために各報告書を選択的に扱い、食肉業界の評判を傷つけたと批判された。

一部の「肉支持」フレームは、対立相手をイデオロギーに駆られた存在として描いた。肉の削減は、単に肉の生産・消費を減らすのではなく、世界をヴィーガン化する、すなわち肉や動物由来製品を一切生産・消費しなくするための、より広い陰謀の一部として位置づけられることが多かった。これはしばしば「ヴィーガン・アジェンダ」と呼ばれた。一部の記事では、英国の閣僚が自らヴィーガンであり、報告書の知見を支持しているという例を示すことで、「ヴィーガン・アジェンダ」の存在を裏づけた。

[経済専門家]「彼らは、課税と禁止によって世界の人々をほぼヴィーガンの食事に向かわせたいという願望を隠していない。人々の摂取量を1日あたりソーセージ10分の1本に制限したいという願望を見れば、相手が狂信者であることは疑いない。彼らは地球を救いたいと言うが、いったいどの惑星の話をしているのかは不明だ。」(EAT-Lancet報告書への反応)

報告書自体に陰謀的な意図があるとまでは述べない者も、環境活動家が報告書のより慎重な科学的勧告を利用し、ベジタリアン主義やヴィーガン主義を推進していると主張した。

[業界団体]「残念ながら……この報告書は、反肉の意図を持つ者、つまりヴィーガン活動家に乗っ取られ、地球を救うには私たち全員が植物中心の食事に切り替えなければならないという『証拠』にされている。」(IPCC報告書への反応)

「ヴィーガン・アジェンダ」のフレームは、肉を食べることを選ぶ人への非難と罪悪感、そしてヴィーガンの食肉代替品を買う余裕のない人を公然と辱めることと結びついていた。こうして、「民衆」と「エリート」の間の権力の序列が描かれた。

[論説の語り]善意の慈善家と大規模な農業関連企業が結託し、自らの勧告にある栄養上の欠点を顧みず、健康への不安を金銭的利益のために利用しているという可能性はないのだろうか。(EAT-Lancet報告書をめぐる陰謀論的懸念への反応)

政府もまた、「肉支持」「削減支持」の双方の物語で枠づけの対象となった。業界側の主体は、過保護な「ナニー・ステート」の仕組みで市民を統制したいという、より広い願望の一環として、政府が証拠を政治化していると非難した。逆に削減支持の研究者は、政府が「業界と癒着」し、公衆と地球の健康よりも企業利益を優先していると非難した。研究者は業界にもこの枠づけを用い、食肉部門を、広範な環境危機に対して近視眼的で、悪意を持ち、自らの利益しか考えない存在として描いた。

最後に、メディアは消費者にも非難の矛先を向けた。ジャーナリストは消費者をしばしば、現状に満足し、食料の由来を知らず、環境に優しく、かつ安い食料を求めるなど、表明する願望が矛盾している存在として枠づけた。

考察

本研究は、健康で持続可能な食料システムを実現する戦略としてのRPM削減が、米国、英国、オーストラリア、ニュージーランドの報道メディアで、RPMに利害を持つ異なる集団によってどう解釈され、描かれるか、すなわち枠づけられるかを理解することを目的とした。

本研究は、報道記事に、食肉業界、研究者、政策立案者、NGO、メディア自体など、多様な部門の主体の見解が含まれていることを見いだした。RPMに伴う公衆と地球の健康への害は、主に食肉業界代表者によってしばしば否定された。その際、問題はあまりに複雑で曖昧であり、科学的証拠が不足している、または誤っていると枠づけられた。健康や持続可能性を損なう他の一般的な要因に焦点を当て続け、食と健康の関係の複雑さを強調することは、特定の有害な商品の監視を弱める助けとなる。これは肥満や加糖飲料など、リスクを伴う商品に関連する他の健康課題でも一貫して用いられるフレームだ。コカ・コーラなどの多国籍食品・飲料企業は、座りがちな生活様式など他の要因を持ち出して、自社製品の過剰摂取と肥満・慢性疾患リスクの科学的関連に公然と異議を唱え、それに反する証拠の生成にも資金を出す。そうすることで、生産に直接影響する政策的解決策は、政治的に支持されにくくなる。RPMの場合、消費水準や、特定の環境被害がどの生産形態に帰属されるかに加え、「赤肉」「加工肉」の定義も、この複雑性を可能にする。多くの記事は肉、赤肉、加工肉を区別せず、これらの広い分類の内部でも区別をしなかった。食と健康・持続可能性の関係を曖昧にすれば、特定の政策措置の有効性を争うことができる。さらに、「肉の消費を減らすことは、全員がヴィーガンになることだ」といったように、勧告とその意図された結果を単純化すると、実施への支持は弱まる。

健康・環境研究者の見解を含む記事は、各報告書の知見と、RPMの総摂取量を減らす勧告への支持を示した。これは、削減の純便益を社会的改善の文脈に位置づける、社会正義に基づくフレーミングと一致する。例えば、RPM削減は、住民の健康への好影響、GHG排出削減の重要な要素、消費拡大を狙う業界戦術に対抗する手段として描かれた。こうした「大局的」フレームは、アルコール、たばこ、砂糖など、他の「リスクを伴う商品」と共通する。

政策立案者や政府報道官の見解の報道は、全体を通じて少なかった。これは、この4か国でこの問題が当時持っていた政治的な注目度の低さを反映しているのかもしれない。

執筆したジャーナリストや報道機関の見解は、各記事で明示的にも暗示的にも表れていた。どの問題を公共の議題に載せるかだけでなく、どのように載せるかを決める力を持つことから、メディアを、それ自体が主体であり、政策過程に組み込まれた積極的な構成員として捉える重要性が高まっている。例えば、問題や提案された解決策を描写・説明するためにメディアが用いる語りは、世論、ひいては政策課題が定義される文脈を決めうる。

二極化とアイデンティティ:ヴィーガン対肉愛好家

本分析の基準とした4報告書は高度に専門的で複雑な証拠を示しているが、対象記事で用いられたフレームのうち、証拠に関係するものはごく少なかった。対照的に、ほぼすべてのフレームが価値観や利益に基づいていた。このような提示方法は、文脈から切り離された議論と、過度に単純化された言説をもたらす。対立する声に同じだけ注意が向けられ、その証拠との整合性にかかわらず、同じ権威が与えられるからだ。これは、現代の社会・経済・環境問題に関する議論でニュアンスと複雑さがますます失われるという、ニュースやソーシャルメディアのより広い傾向を反映する。RPMに伴う害を緩和する効果的で有益な政策立案は、公共の場でニュアンスを踏まえた真実に即した議論を行う能力に依存する。

これらの記事における肉の削減のフレーミングは、メディアの二極化傾向を反映する。「ヴィーガン・アジェンダ」対「肉愛好家」という鮮明な二項対立が見られ、こうした表現には、いくつもの決めつけや固定観念に基づく解釈が伴っていた。「ヴィーガン・アジェンダ」は、肉を消費する選択肢を完全に取り除き、世界全体でヴィーガンの食事を普及させる運動として描かれた。これはDeborah Stoneの「人物づけ」という概念と密接に結びつく。すなわち、提喩を用い、より広い社会集団である「英雄」と、その競争相手である「悪役」に関連づけて問題を枠づけることだ。この文脈では、「ヴィーガン・アジェンダ」はRPMに関する伝統や楽しみへの脅威を表す象徴として用いられる。その考え方は、個人の選択と自由意思を重視する新自由主義のイデオロギーに根ざしている。また、社会における肉の「自然な」「普通の」位置づけを強化する、上述のカーニズムとも密接に結びつく。これは、ヴィーガンが自らのライフスタイルの選択を、不可侵とされるべき他者の個人的選択に押しつけたがっていることを示唆する。Weishaarらが「市場的正義」としてまとめた、よく用いられるフレーミングだ。すなわち、国家による規制は個人や商業の自由を奪うという考え方である。ただし、歴史的には、主に動物福祉の観点から、全員がヴィーガンの食事を採用する必要性を訴えたヴィーガン運動が存在したことにも留意すべきだ。これらの運動が、持続可能な水準の肉消費を求めるより穏健な訴えとどう混同されてきたのかは、特に各集団による「肉の削減」という語の使い方に関して、今後の研究課題である。

逆に、多くの生産者とその代表団体が、自らの業界を一括りに描かれていると感じていたことも明らかだった。多くの記事は、農業と加工の両段階におけるRPM生産方法の違いと、それによる健康・環境影響の違いを、業界が区別しようとする姿を取り上げた。メディアが個々の放牧畜産農家や代表団体の声に依拠したのは、農場経営の実体験に結びつく、理想化された伝統的食料生産や農村の価値観と、読者をよりよく結びつけるためだった可能性もある。これに比べ、大規模な多国籍食肉加工企業は、このような市民感情を活用しにくい。特に、英国、米国、オーストラリア、ニュージーランドでは、後者3か国が英国の植民地としての歴史を持ち、牧畜の拡大と英国の食文化が国民的アイデンティティに組み込まれている。4か国すべてで程度の差はあれ事業を行うJBSやTyson Foodsのような大規模工業的食肉加工企業の声は、小規模で集約度の低い生産者よりも公衆と地球への害に大きく寄与しているにもかかわらず、データには目立って欠けていた。ただし、一部の畜産形態には生態学的に配慮した機会があるものの、こうした技術改善を全面的に導入しても、環境被害の緩和と現在の肉消費水準の維持を同時には達成できないことを、エビデンスは示している。

「ヴィーガン」と「肉愛好家」の二項対立は、問題と提案された解決策を二極化し、感情的なものにする。そのため、証拠に応じて行動する能力は、より価値観に左右される議論に覆い隠される。これは、「植物中心」のような、一見あらゆるものを含む用語にも及ぶ。この用語は、公衆衛生栄養学の学術的な場では、主に果物、野菜、ナッツ、種子、油、全粒穀物、豆類からなり、望むなら少量の卵、乳製品、肉も含む食事パターンとして広く理解されているにもかかわらず、公共の場では次第にヴィーガン主義と結びつけられている。こうした広範な一般化は、アイデンティティと対立という、より広い社会現象をさらに助長する。人は「肉支持」か「反肉」のどちらかであり、その間には何もないかのように見える。その結果、情報の流れは対立的かつ感情的になり、人々は他者に共感できず、エビデンスによって考えを変えない。さらに、「ビッグテック」の力が明らかになるにつれ、個別化アルゴリズムによって、市民には互いに異なる証拠や情報が提供されるようになる。こうして公共の議論は別々の知識領域で行われ、相手側の見解を理解することも、理解したいと思うこともなくなる。

業界による二極化した議論の利用

証拠に異議を唱え、科学データの信用を損なうことは、特に気候・環境政策の領域で、企業が古くから用いてきた戦術だ。証拠の合意に対する疑念を意図的に広めると、市民はその証拠に依拠する公共政策を支持しにくくなる。他の有害な業界の企業も、自らの害への認識の高まりに対抗するため、この戦略を用いてきた。例えば、喫煙とがん、人間活動の気候変動への影響、加糖飲料と肥満である。RPMの害に関する証拠の強さに疑念を植えつけるフレームを用いることで、業界は自らの寄与を小さく見せ、自社製品に不利、あるいは不採算な環境を生む政策への市民の支持を弱められる。さらに、好都合な知識環境を形成するため、学術研究を調整したり、助成金や資金援助を提供したりすることで、この戦略を拡張する可能性もある。

特に、JBSやTyson Foodsのような大規模食肉加工企業と、Cargillのような関連する飼料企業は、RPMに伴う健康・環境被害の大きな割合に寄与する。それにもかかわらず、これらの企業の代表者は、どの報道記事にも登場しなかった。対照的に、食肉業界の見解の多くは、地元農家や業界の主要団体から発せられていた。政策に関与し方向づける企業戦術に関する研究は近年数十年で増えたが、企業が代表団体や業界団体を通じてどうロビー活動をするかについては、特に分析が不足している。第三者による反論を用いて公共の言説に対応し対抗することは、大企業が自らの対外的イメージを維持し、公共の議論で「ダビデとゴリアテ」のような描かれ方を避けることを可能にするとも考えられる。他の有害な業界と同様、大規模な多国籍食品企業は、業界団体を介して間接的に活動する傾向がある。それにより、直接の責任を負う者と見なされずに、自らの利益のためにロビー活動ができる。

この間、他の業界も社会的な受容を得てきた。本分析のデータは2006年、2015年、2019年という特定時点から得られたが、肉の削減をめぐる公共の言説はその後も変化している。執筆時点では、Beyond BurgerやImpossible Foodsなどの企業が生産する新規たんぱく質の人気が大幅に高まっている。これらの企業は、植物中心の食事やRPM削減をめぐる言説を活用してきた。一部は、自社製品にも人の健康や環境への潜在的リスクがあるにもかかわらず、完全に肉のない食事の実現を目指すと称している。

強みと限界

本研究による、メディアにおけるRPMの語りのフレーミングの検討は、健康で持続可能な食料システムをめぐる言説でますます論争的となったテーマについて、研究の空白を埋めるものだ。現在、政策がどのような影響を受けているかを説明する助けとなり、今後の政策立案の改善に向けた示唆を与える。結果を解釈する際は、次の方法上の限界を考慮すべきである。第一に、本研究はRPMの生産・消費が特に多い4か国に限られ、知見を他国に必ずしも一般化できない。第二に、RPM削減は、特に新規たんぱく質や悪化する気候危機の文脈で、継続的なメディア言説の対象だ。本研究の知見は特定時点にのみ関係し、農業慣行は将来変化する可能性が高い。さらに、ProQuestデータベースが分析に関係するすべてのデータを捉えていない可能性がある。特に、米国の食肉業界は大きな存在感を持つにもかかわらず、同国の記事は少なかった。最後に、報道機関の政治的傾向を考慮しなかった。それを検討すれば、異なる読者層に対してどのフレームが用いられていたかが明らかになった可能性がある。

結論

本研究の知見は、報道メディアにおけるRPM削減という課題が、炭素排出の削減やがん予防の手段から、個人の食事や選択を統制しようとする急進的な試みまで、さまざまに理解・解釈されていることを示す。本研究は、食肉業界を含む主体が、主に二極化を促す感情的なフレームを用いていることを特定した。極端で指図的なものと描かれることを避けるには、RPM削減の勧告を、ニュアンスと文脈を踏まえて枠づけなければならない。すなわち、全員に普遍的かつ均等な削減を求めるのではなく、平均的な生産・消費の大幅削減として伝えるべきだ。チキンナゲットやホットドッグ用の肉など、超加工された肉への認識が高まる中では特に、赤肉と加工肉が何を指すかを定義することも重要だ。高所得国の人々のように、地球の限界と健康に照らして過剰に消費する人がいる一方、特に低・中所得国では、消費の維持や増加から利益を得る人もいることを認識する必要がある。世界全体で一律の食事の採用を提唱することは適切ではない。RPMの害は、複雑で文脈に応じた解決策を要する複雑な問題であり、「全か無か」という二項対立の語りであってはならない。従来の報道メディアは、複雑な政策問題を過度に単純化すると長く批判されてきたが、この現象はオンラインメディアによってさらに増幅された。これを「クリックベイト」型メディアの性質や、誰にどの証拠が提示されるかをあらかじめ決める選択的アルゴリズムとどう折り合いをつけるかは、今後の研究課題だ。こうした文脈では、メディア自体が説得を行う主体であるという役割が、ますます重要になる。 知見は、RPM削減の二極化したフレームが、肉の削減への賛成派と反対派の二項対立を生んだことを示す。この分断は、政治指導者がこの問題を政策課題として優先する度合いを低下させる可能性があり、公衆衛生上のメッセージが(1)ニュアンスと文脈を踏まえ、かつ(2)一貫したものとなるようにするうえで、課題をもたらす。

※本記事はオープンアクセス論文の内容を日本語に翻訳したものです。正確な内容や引用、参考文献等については、必ず原著論文をご確認ください。

 

原文タイトル:Who has a beef with reducing red and processed meat consumption? A media framing analysis.

論文著者:Sievert K, Lawrence M, Parker C, Russell CA, Baker P.

公開日: 2021/09/30 

論文URL:https://doi.org/10.1017/S1368980021004092

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