中国の動きに注目しています。
きっかけは、2026年8月13日に報じられた、ベトナムの畜産企業が輸出市場で厳格化する基準への対応を急いでいるというニュースでした。その記事では、中国、EU、日本、米国などの主要な輸入市場が、畜産物についてトレーサビリティ、環境保全、食品安全など、より厳しい要求を課すようになっていることが紹介されています。
このニュースを読みながら、私たちが特に気になったのが中国です。
周知のとおり、EUはすでにアニマルウェルフェア政策を長年進めてきました。2026年7月に欧州委員会が公表した方針でも、採卵鶏・ブロイラー、さらに豚について、WTOルールに適合する形で輸入品にも同等のAW要件を導入する方向が明記されています。(Food Safety)
しかし、世界の畜産を大きく変える可能性という点では、中国の動きをEU以上に警戒して見る必要があるのではないかと、私たちは考えています。
なぜなら中国は、世界最大級の畜産物生産・消費市場であるだけではありません。すでに食品安全を目的として、生産者、加工施設、製品などをデータで管理する巨大な仕組みを作りつつあるからです。
もし中国がそのシステムに、将来アニマルウェルフェアを組み込んだらどうなるのでしょうか。
これはまだ起きていません。しかし中国についてこれまで発表されてきた研究を並べてみると、その可能性を考えておくべき理由が見えてくるのです。
世界の卵の約4割を生産する中国
まず、中国の規模を考える必要があります。
2023年に発表された中国のケージフリー卵に関するレビューによれば、中国は1985年以降、世界最大の卵生産国です。2020年には約33億羽の採卵鶏が飼育され、約2,980万トンの卵が生産されていました。これは当時、世界の卵生産量のおよそ40%に相当します。
一方、2017年時点の推計では、中国の農場の約90%がケージ飼育でした。(OUP Academic) つまり、中国の採卵鶏産業が動くということは、一国のAW政策が変わるというだけの話ではありません。世界最大の卵生産国の生産方式が動くということなのです。この規模こそ、中国を考えるときに最初に押さえておかなければならない点です。
中国の消費者はAWに関心がないのか
「でも、中国ではまだアニマルウェルフェアへの関心が低いのではないか」と考える人もいるかもしれません。研究を見ると、状況はそれほど単純ではありません。
2021年に発表された中国の一般市民を対象とした研究では、「animal welfare」という言葉そのものを知らない回答者はまだ多かったものの、以前の調査と比較すると認知は高まっていました。さらに、大多数の回答者が動物を保護する法律や農場のAW認証を支持し、輸送時間を短縮すること、と畜前にスタニングを行うことなどにも肯定的でした。そして、良好なAWと食品の味や安全性との関係を重視し、より良いAWで生産された食品には追加料金を払う意思も示されました。 (MDPI)
豚肉についても同様の研究があります。広東省の消費者1,274人を対象とした選択実験では、AWに配慮した豚肉に対して平均で約5~23%の価格プレミアムを支払う意思が確認されました。特に評価が高かったのは、より広いスペースと屋外へのアクセスでした。(MDPI)北京・上海の消費者を調べた別の研究でも、食品安全だけでなく、AWや環境に配慮した豚肉に対する独立した選好が確認されています。(サイエンスダイレクト)
つまり、「中国にはAWへの消費者需要がない」と決めつけることはできないといえます。
中国では消費者情報として、AWとトレーサビリティが両輪
さらに興味深い研究があります。
江蘇省無錫市の消費者316人を対象とした豚肉の選択実験では、価格に次いで消費者が重視した要素の一つがトレーサビリティコードでした。そしてAWに関する飼養密度基準にも支払意思額が確認されています。さらに、トレーサビリティとAWなどの属性には補完的な関係も示されました。(PubMed Central (PMC))
これは非常に重要です。中国では、
食品安全 + トレーサビリティ + 生産方法 + アニマルウェルフェア
が、消費者にとって完全に別々の問題とは限らないからです。そしてこれは、中国政府が現在進めている食品安全とデジタル管理の方向とも重なります。
中国企業はケージフリー市場を形成開始
変化を動かしているのは消費者だけではありません。
2023年のレビューでは、中国国内で事業を行う50社以上の国際的食品企業・小売企業が、中国でのケージフリー卵調達についてコミットメントを表明していたことが報告されています。(OUP Academic)
そして2024年には、中国で実際にケージフリー卵を供給している企業10社を調べた研究が発表されました。この研究では、生産者側がケージフリーへ参入する理由として、AWだけでなく、企業バイヤーからの需要、価格プレミアム、商品品質、市場機会などが挙げられています。(MDPI)
つまり中国ではすでに、
企業が将来ケージフリー卵 を扱うことを公表→ 新しい需要が生まれる → 生産者が対応する
という市場メカニズムが動き始めています。
鍵になるのは「企業バイヤー」
2025年には、中国の大規模採卵鶏生産者15社を対象とした研究が発表されました。対象となったケージ飼育農場には最大3,000万羽規模の農場も含まれています。研究では、生産者がケージフリーへ移行する重要な要因として、消費者需要と収益性が確認されました。
しかし、さらに重要なのは企業バイヤーでした。研究者らは、中国で大規模なケージフリー生産を短期的に拡大するためには、一般消費者への教育だけでなく、企業バイヤーとの関係構築と、信頼できる認証制度が特に重要だと指摘しています。(PubMed Central (PMC))
つまり、中国のAWを動かす経路として、
消費者 → 小売
だけを見るのでは不十分です。
むしろ、
グローバル食品企業 → 調達基準 → 中国の生産者 → 生産方式の変更
というBtoBの力が重要になってきているのです。
2026年の課題は「トレーサビリティ」
さらに今年7月、中国のケージフリー調達について新しい研究が発表されました。
中国で事業を行う国際食品企業と認証機関の関係者を対象に、企業がケージフリー調達コミットメントを実際にどう実施しているのかを調べた研究です。
研究では、認証制度がケージフリー卵の生産・調達を支えている一方、企業がコミットメントを実行するうえでは、コスト、安定供給、複雑なサプライチェーンなどの問題があることが確認されています。(ケンブリッジ大学出版局)
ここまで研究を時系列に並べると、非常に興味深い流れが見えてきます。
2021年:消費者のAW意識
↓
2022~23年:AW商品への支払意思と巨大な中国市場
↓
2024年:ケージフリー卵を供給する企業
↓
2025年:生産者を動かす企業調達
↓
2026年:企業が調達を実行するための認証・サプライチェーン管理
と、研究対象そのものが、「意識」から「市場」、そして「実装」へ移ってきているのです。
中国政府の巨大な食品管理
そして、この流れとは別に、中国政府は輸入食品の管理を強化しています。
海外の食品生産・加工企業を登録し、食品安全上のリスクに応じて管理する仕組みです。
ここで私たちが注目しているのが、卵だけでなく卵製品も管理対象になることです。
なぜなら、AW規制を最終商品のカテゴリーだけで管理するのと、生産・加工・流通をデータでつなげて管理するのとでは、将来的な規制の力がまったく違ってくる可能性があるからです。
「殻付き卵」と「卵を使った加工品」という区別?
EU市場では殻付き卵について厳しいAW条件が存在する一方、卵を原材料として使用した加工食品については同じ形で規制されているわけではありません。実際、EUが2026年に検討している「輸入品への同等AW基準」でも、検討資料ではeggs と eggs & egg products が区別して分析されています。(Food Safety)
ところが中国が構築しているような、生産者・加工施設・製品を電子的に管理する仕組みでは、別の可能性が出てきます。将来、そこに飼養方式のデータまで加われば、
この加工食品に使われた卵はどこで生産されたのか
そして、
その採卵鶏はケージ飼育だったのか、ケージフリーだったのか
までデータ上で結びつけることが技術的には可能になります。
そうなると、
「殻付き卵ではありません。加工食品です」
という商品分類だけでAW要件を切り分けることが難しくなる可能性があります。もちろん、中国が現在このようなAW追跡を行っているわけではないことは明確にしておきます。しかし、中国がすでに持っているデジタル管理能力を考えると、もし将来AWを政策目的として追加すれば、かなり強力な仕組みになり得るのです。
EUより中国の方が世界の畜産を大きく動かす可能性
EUはAW政策の先進地域です。そして2026年7月、欧州委員会は採卵鶏・ブロイラー、さらに豚について、輸入品にもWTOルールに適合した同等のAW要件を導入する方向を明確にしました。(Food Safety)これは非常に大きな変化です。
しかし、世界の畜産業へのインパクトという意味では、中国の方がさらに大きな存在になる可能性があります。理由は三つあります。
1,市場規模
中国は世界最大の卵生産国であり、豚肉についても世界最大級の生産・消費市場です。
2,サプライチェーン管理能力
中国は食品安全を理由に、生産者、加工施設、輸入企業などをデジタルに管理する制度をすでに発展させています。
3,中国国内のAW市場
消費者にはAW商品への支払意思が確認されています。企業はケージフリー調達を始めています。生産者は企業需要を市場機会として認識しています。認証制度も作られ始めています。そして現在、その実装段階でトレーサビリティやサプライチェーン管理が課題になっています。つまり、中国政府がゼロからAW市場を作らなければならないわけではありません。すでに動き始めた市場の上に、巨大な行政インフラが存在しているのです。
中国という巨大なゲームチェンジャー
EUだけが高いAW基準を要求するのであれば、世界の食品企業は、ハラルのように「EU向け」という専用のサプライチェーンを作っておけばいい。それがアニマルウェルフェアにおいては、さほど日本に影響しないのが現状です。
しかし中国までAWを市場アクセス条件にしたらどうでしょうか。EU向けも高AW。中国向けも高AW。
世界の巨大市場二つが同じ方向を向けば、低AWの生産ラインを維持する経済合理性そのものが弱くなります。そして中国が、単に商品だけを見るのではなく、農場から加工施設までデータで追跡する形でAWを要求した場合、その影響はさらに大きくなるでしょう。だから私たちは、中国がAWを輸入条件に組み込む可能性を、EU以上に大きな転換点として注視すべきだと考えています。
日本はどうなるのか
これは日本にとっても決して遠い話ではありません。中国がAWを市場アクセス条件にすれば、中国へ畜産物や加工食品を輸出する日本企業は対応を迫られます。さらに世界の大手畜産企業がEUと中国の双方に合わせて生産基準を引き上げれば、日本向けだけ低いAW基準の商品を別ラインで生産する意味は小さくなります。
つまり、日本政府が国内規制を変えなくても、世界市場の方から日本のAWを変えてしまう可能性があるのです。
逆に、日本企業だけが低い基準にとどまれば、日本国内では販売できるが、世界の主要市場には販売できないという状況も起こり得ます。
最後に、もう一度明確にしておきます。中国政府が現在、ケージフリーなどのAW基準を一般的な輸入条件として導入したという事実は確認されていません。中国が現在強化しているのは、食品安全、海外生産者登録、トレーサビリティなどです。
しかし同時に、中国国内では、
消費者のAW意識
AW商品への支払意思
企業のケージフリー調達
生産者のケージフリー投資
認証制度
サプライチェーン管理
という要素が、一つずつ揃い始めています。
そして、その外側には巨大なデジタル食品管理システムがあります。だからこそ、中国の次の一手を見る必要があります。中国がこのシステムに、もし「動物がどのように飼育されたのか」という情報を組み込めば、その影響は中国国内だけでは済みません。世界最大級の食品市場へのアクセス条件が変わることで、世界の畜産のあり方そのものを変える可能性があります。
アニマルライツセンターでは、今後も中国の輸入規制とアニマルウェルフェア政策、企業調達、認証、トレーサビリティの動きを継続して追っていきます。食品企業にも注目してほしいところです。
参考文献・研究
Chen, M., Lee, H., Liu, Y. & Weary, D. (2023)
“Cage-free eggs in China,” Animal Frontiers, 13(1), 34–39. 中国の卵生産の規模、ケージ飼育の普及状況、消費者意識、ケージフリー市場などを整理したレビューです。(OUP Academic)
原論文(Oxford Academic)
Chen, M., Lee, H., Liu, Y. & Weary, D.M. (2024)
“Suppliers’ Perspectives on Cage-Free Eggs in China,” Animals, 14(11), 1625. 中国でケージフリー卵を供給する10社を対象とした研究です。(MDPI)
原論文(全文公開)
Yang, Q. et al. (2025)
“From cages to cage-free: A qualitative exploration of Chinese egg producers’ views on the opportunities and challenges to adopting cage-free egg production systems in China,” Animal Welfare, 34, e48. 中国の大規模採卵鶏生産者15社を対象とした研究で、企業調達と認証の重要性を指摘しています。(PubMed Central (PMC))
原論文(全文公開)
Yang, Q. et al. (2026)
“Implementing cage-free egg commitments in China: An explorative qualitative interview study of corporate and certification perspectives on cage-free egg procurement,” Animal Welfare, 35, e39. 2026年7月15日公開。企業と認証機関の視点から、中国でケージフリー調達を実行する際の課題を調べた最新研究です。(ケンブリッジ大学出版局)
原論文(全文公開)
Carnovale, F. et al. (2021)
“Chinese Public Attitudes towards, and Knowledge of, Animal Welfare,” Animals, 11(3), 855. 中国市民のAW認知、法規制・認証への態度、AW食品への支払意思などを調査しています。(MDPI)
原論文(全文公開)
Consumer Preferences for Animal Welfare in China: Optimization of Pork Production-Marketing Chains (2022)
広東省の豚肉消費者1,274人を対象にした選択実験で、AW属性に対する5.27~23.39%の価格プレミアムを報告しています。(MDPI)
原論文(全文公開)
“Factoring Chinese consumers’ risk perceptions into their willingness to pay for pork safety, environmental stewardship, and animal welfare” (2018)
北京・上海の消費者について、食品安全だけでなくAWや環境配慮への選好を分析した研究です。(サイエンスダイレクト)
“Consumers’ Willingness to Pay for Food with Information on Animal Welfare, Lean Meat Essence Detection, and Traceability” (2019)
中国・無錫市の消費者316人を対象に、豚肉についてトレーサビリティとAW情報への支払意思を分析しています。(PubMed Central (PMC))
原論文(全文公開)
EUとの比較資料
欧州委員会は2026年7月、採卵鶏・ブロイラーについて2026年末まで、豚について2027年第2四半期までにAW法制改正案を提示し、WTOに適合した同等の輸入要件を導入する方針を示しています。(Food Safety)
欧州委員会・EU animal welfare legislation revision












