論文概要
人新世*1 においては人為による気候変動が顕著であり、気候変動目標に取り組み、地球環境の限界*2を守るための行動が緊急に必要とされている。サステナビリティ(持続可能性)に関する研究はこの問題に関する知見を提供しているが、最初の課題となるのは、それを一般の人々や、政治・経済関係者など多くのステークホルダーに適切に伝えることである。
そこで本研究では、「真のコスト会計 True Cost Accounting(TCA)*3」に関してグライフスヴァルト大学・ニュルンベルク工科大学・ドイツのスーパーマーケット・チェーンPENNYが実施したキャンペーンを事例に、サステナビリティ科学における社会とのコミュニケーションの意義を探る。ここで問題とするTCAは、持続可能な消費のための透明性を担保するツールであるとともに、経済的なインセンティブであり、議論の基盤でもある。
本研究では、2023年にPENNYが実施したキャンペーン期間における対面調査を通じて、食品の生態学的価格に対する消費者の認識を調査し、その結果を2021年に実施された情報提供キャンペーンと比較した。その結果、2023年に行われたTCAキャンペーンに対する認知度は高く、参加者の50.8%がこのキャンペーンを聞いたことがあると答えた。
このような食品の真のコストに対する消費者の支払い意思および潜在的な行動の変化について調査したところ、2021年の情報提供キャンペーンの結果と比較すると、真の価格が実際に支出に影響を与える場合、消費者の支払い意思は低下しており、意識と行動の間にはギャップが見られた。さらに、TCAが実際に導入されるとした場合、動物性食品の消費を削減する意思は60.5%となることがわかった。このことはTCAが持続可能な行動変容をもたらす可能性を示唆している。
本研究では、TCAの導入に関する消費者の態度や選好に影響を与える要因として、環境・社会・アニマルウェルフェアに関するコストなどを明らかにした。環境や社会にかかるコストを補償するために商品価格が上昇することを顧客が理解することは重要であり、TCAの導入に向けた論拠となる。研究の結果は、差別化した科学的コミュニケーションによってサステナビリティ科学における知識と行動のギャップを埋める必要があることを強く示唆している。
*1人類が地球の地質や生態系に与えた影響に注目して提案されている地質時代における現代を含む区分(Wikipedia より抜粋) *2 人類にとって安全な活動領域となり得る地球環境の限界(プラネタリーバウンダリー) *3 食品の真の価格については以下を参照 https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20210625
Stein, L., Michalke, A., Gaugler, T., Stoll-Kleemann, S.
2024/05/03
Sustainability Science Communication: Case Study of a True Cost Campaign in Germany