論文概要
要約
- 肉と乳製品の生産と消費は、様々な持続性の問題点、例えば生物種多様性の損失、気候変動、動物福利、社会的および健康上の側面などに関わる現在も継続中の公衆の議論の主題である。
- 広範囲に渡る議論、とりわけ家畜の飼育の環境へ与える影響と、動物福祉の問題に関連した議論にも関わらず、生産と消費のパターンには、実質的に何も変化がない状態が続いている。
- 本研究では、バンデューラが提唱する道徳不活性化理論を利用して、関連するバリューチェーン上の関係者の標準的な発言と行動の間にある不一致に解明の光を当てる。
- 道徳不活性化理論を用いることで、なぜ非持続的な生産と消費パターンがずっと続いているかの一因となっているメカニズムの明確化が可能となる。とりわけ、模範的に関心の高まっている持続性のある家畜生産という分野における関係者間の責任の転嫁に焦点を当てる。
- 我々は、牧畜業、食品加工業界、食品小売店の関係者とのインタビューが含んでる肉および乳製品の生産と消費に関する2020年〜2022年の間の109個のメディア・インタビューを集めた。
- 質的データ分析を用いて、これらの肉と乳製品の生産に関するメディア上の発言の中にある道徳不活性化の役割を調査し、道徳不活性化の観点における関係者間の違いについて探査した。
- 我々が発見したことは以下の点である。
- 責任の転嫁が、全ての関係者から全ての関係者へと転嫁されていくという準円運動となっていること。
- 転嫁先はもっとも頻繁な順に消費者、政治、締りのない経済的力。
- 社会的正当化を用いること、有利な比較、婉曲的なラベリング、といったものが一般的な道徳不活性化のメカニズムであり、農作物システムにおける集合的な問題の構成要素となっている。
(訳注:本研究はドイツ、オーストリア、スイスなど、主としてドイツ語を話す国々を中心に行われた研究である)
1. 序章
- ドイツの肉と乳製品消費量は高く、その大部分が国内で生産されており、輸出まで行っている。
- 一方でここ数年、肉と乳製品生産の影響についての公衆の論議が顕著になってきており、健康、動物福祉、環境が肉と乳製品の消費を減らすことへの決定的な理由となっている。
- しかし、必要な変化に関しては、実質的には不活発であり、そのため生産量・消費量ともに依然として高く、EU圏での家禽の生産量は上昇すらしている。
- 肉と乳製品の生産に関連のある様々な懸念事項が原因で、人はこれらを消費することに対して認知的不協和感を感じる可能性がある。
- 人が、肉の消費が招く道徳的悪影響から自分自身を遠ざけるために用いる認知メカニズムを調べるため、研究者たちは道徳不活性化理論を参照し始めている。
- 道徳不活性化理論は、人が害悪を引き起こす際に、どのようにして恣意的に道徳的自己制裁を控えているか、を説明している。
- 言い換えれば、道徳不活性化理論は、人がどのようにして道徳的に同意しかねる行いに対して理由付けして正当化し、その行いによって引き起こされるマイナスの結果から自身を遠ざけようとする際の認知的処理手順について説明している。
- 道徳不活性化の提唱者のバンデューラによれば、人が害悪のある行動をとる際には、下記の表1にある8種類の道徳不活性化メカニズムが働く。
表1 道徳不活性化のメカニズム
メカニズム | 説明 |
道徳的正当化 | 害悪のある行動を、社会的に価値あるもの、あるいは道徳的目的に貢献するものだと表現する |
婉曲的なラベリング | 言葉の上でのみ害悪が和らぐような表現を用いる |
有利な比較 | 害悪のある行動を他の行動と比較し、より害悪が少ないものに見せる |
責任の転嫁 | 責任を第三者や権威当局のせいにすることで害悪を発生させる自分の役割を隠したり、軽視する |
責任の拡散 | 害悪が人々の集団(例:分業制、集団での意思決定)によって行われるとき、自身の役割や責任を隠すこと |
無関心、または悪い結果の曲解 | 引き起こされる害悪を無視・曲解・軽視・信じないことで、それらと対峙することを避ける |
非人間化 | 犠牲者たちから人間としての性質・属性をはく奪する |
非難の原因 | 犠牲者自身にその苦しみの原因があるのだと犠牲者を責める |
- 道徳的不活性化は、軍事力の支持、不道徳的な勤務態度、青少年の非行といった実証的な問題の研究に応用されてきたが、環境に関する行動とシステム(とりわけ気候変動問題に関するもの)にも適用可能である。
- 肉・乳製品の消費レベルが高いことに関する正当化の理由付けに関しては、肉と乳製品の生産に関わる人々が世論を形作る力を持っているため、彼らを直接調査することに価値がある。
- 現在までのところ、上流サプライチェーンにおける道徳不活性化が原因で、消費者が自分が購入する製品の持つ環境への影響力を見えなくすることで、消費に影響を与えている可能性がある、と考えられる。
- メディア上のインタビューをデータベースとして利用することで、通常では簡単に目にすることができない利害関係者たちの道徳不活性化を分析することが可能となる。
- 現存するメディア上のインタビューを見ることで、その発言の中に反映された広くまん延している理由付けが分かり、それらの理由付けが、読者・視聴者(そして消費者)のリスクに関する認識、態度、実際の行動に与えるかもしれない影響の本質を見抜ける。
- 道徳不活性化理論に基づいて、次の3つの学術的疑問を調査する。
- (1) 道徳不活性化は、肉と乳製品の生産に関連する(メディア上の)発言の中で、どのような役割を演じているのか?
- (2) サプライチェーンに関わっている関係者たちの間に、道徳不活性化理論に関する違いは存在するのか?もしそうであれば、どのような違いが識別できるだろうか?
- (3) 異なる組織間での、変化に対する責任、および現状に対する非難の原因の帰属のパターンはどのようになっているか?
2. 実験器具と実験方法
- 広範囲をカバーする適切なドイツ語によるメディアのデータベースを構築するため、本研究では WISO (wiso-net.de) というドイツ、オーストリア、スイスの新聞からの広い範囲におよぶ記事を提供するデータベースを利用し、これらの記事の中から肉・乳製品業界の利害関係者とのインタビューを含む記事を探し出した。
- 少なくとも、インタビューの中の一部で広義での持続可能な肉・乳製品の生産と消費について触れているインタビューのみを選別した。
- 従来の肉・乳製品業界に焦点を絞り、持続性と動物福祉に関連する数多くの規則がある有機農業家とのインタビューは除外し、また、政治家と NGO 代表者とのインタビューも、農業食品バリューチェーンに直接関わっていないため、除外した。
- これらのインタビューを、道徳不活性化理論の理論バックグラウンドを下敷きにして定義した符号化方式に則って繰り返し処理し、符号化を行った。
図1 Marying (2021) に基づく推論的・帰納的カテゴリー応用を用いた内容分析の段階モデル

3. 結果
- 対象となるインタビュー記事を絞り込んだ結果、109記事が分析対象ととなり、インタビュー対象者は122名となった(両者の数が合わないのは、同じインタビュー対象者が複数の記事に出ていたためである)。
- 下記の図2は新聞の種類で分類した業界ごとのインタビューの分布であるが、これを見ると約半数が牧畜業者とのインタビューであり、一方、食品加工業界の関係者(例えば、屠殺業、乳製品加工、その他の食品加工業者)と小売店とのインタビューはより少ない。
図2 掲載雑誌の種類ごとに色分けした産業部門ごとのインタビュー数

- インタビューを受けた人の大部分が男性(110人)で女性は(12人)。
- インタビューを受けた牧畜業者の多くは国営、あるいは地域の牧畜業組合の役員であったが(40人)、いくつかの事例ではインタビューを受けた者自身が家畜を飼育しているのかどうかが明白でないケースもあった。
- それ以外の牧畜業関係のインタビューを受けた人は、大手牧畜業組合のメンバーではなかったが、ほぼ確実に家畜飼育に関わっており(23件)、その中の3つのインタビューは「Land schafft Verbindung」のような牧畜業者による抗議グループとのものであった。
- 食品産業部門でのインタビューでは、食品製造会社の CEO とのインタビューが14件肉屋とのインタビューが3件あった。
- 小売部門でのインタビューでは、大手食品チェーンの CEO とのインタビューが23件、食品販売店の所有者が2件、農産物業者が1件であった。
- インタビュー内の話題の例:
- ドイツでの農業従事者ストライキ
- コロナ禍(屠殺場が一時閉鎖になったため)
- アフリカ豚熱
- 豚肉の価格
- ドイツのアニマル・ウェルフェア表示ラベルやオーストリアの原産地表示ラベルの改正案
- スイスの工場畜産の改正案
- 植物性代替肉
- ディーゼルと肥料の価格上昇
- 図3は、国ごとに分類した毎月のインタビュー数の分布である。
- インタビュー数の最初のピークは、2020年1月頃で、おそらくベルリンで開催された農業イベント「Green Week」と、同時に発生した環境保護派による「We’re fed up」デモ抗議が原因と思われる。
- 2度目のピークは、2020年7月で、おそらく屠殺場の一時閉鎖につながった屠殺場でのコロナの流行と関連があると思われる。3度目のピークは、2020年〜2021年の変わり目にあり、農業従事者による主にミルクと豚肉の低価格販売に反対する一連の抗議活動と一致している。
- 4度目のピークは、2021年12月〜2022年1月にあり、オーストリアの原産国表示改正案、およびドイツのアニマル・ウェルフェア表示改正案に関する議論と関連している。
- 最後の5度目のピークは、2022年8月前後で、スイスの工場畜産改正案に関する議論と関連があると思われる。
図3 国ごとに色分けした月ごとのインタビュー数

- 最終的に定義された符号化方式は表2に表されている。
表2 符号化方式
道徳不活性化 | カテゴリー | 定義 |
---|---|---|
社会的正当化 | 必要不可欠 | 肉・乳製品は健康や一般的な食糧供給に必要不可欠であること、または動物畜産は、農業の栄養素サイクルを機能させる上で必要不可欠である点に訴える。 |
効率性 | 人間は食べることができないが、牧畜には利用できる資源(牧草地や植物廃棄物など)を利用できることを指摘。 | |
おいしいから | 肉はおいしいから、あるいは動物を飼育することは楽しいと訴える。 | |
社会的に正当だから | 消費者側の貧しい世帯に関して訴える。 | |
選択の自由 | 消費者の選択の自由、食に関する規制に対して拒否する自由に訴える(発言例:「我々にとって、消費者が自分で何を食べるかを決めることが重要であり、多くの場合、肉が含まれている」「トップダウンで食べるものを決めて欲しいなどと、人々が考えているとは思わない。スイスではそういったやり方はうまくいかないんだ。ミグロ(スイスのスーパーマーケット)じゃいつも消費者に、オーガニックの肉、低価格の肉、または代用肉の選択肢を与えているよ」)。 | |
婉曲的なラベリング | 既存の品質標準 | 既存の規範の指摘、または食料流通システム内にゴールを定める。例:牧畜業の品質基準は一般的に高く、生産制御、動物福祉の面、飼料の原産地、その他の持続可能な(ように見える)牧畜業の側面、持続可能な(ように見える)群れでの牧畜、梱包が少ないこと、公正な価格を支払っていること、改正案への参与、NGO団体との協調、地域性、透過性(一般論的に、あるいはラベル表示を用いて)。生産の地域限定、動物福利の改正案への参与、NGO 団体への協力といった「既存の基準」を満たしている、というのがもっとも顕著なカテゴリーで、全インタビューの56.9%に現れる。こういった基準は通常、一般的な意味の範囲でのみ指し示されており、実施すべき特定の制御や手段といったより詳しい仕様には触れていない。 |
有利な比較 | 規制、品質などが他国や他の業界よりも、自国や自分の業界の方が高いことを強調すること。他国、他地域、他業種との比較がなされるが、多くの場合、比較相手が明確になっておらず、あいまいな比較となっている。例えば「グローバルに見れば、ドイツの牧畜業はトップレベルにある」など。 | |
ラテンアメリカとの有利な比較 | ラテンアメリカにおける基準、生産、および/または消費との比較。 | |
ヨーロッパとの有利な比較 | ヨーロッパの他の国における基準、生産、および/または消費との比較。 | |
外国との有利な比較 | どこかの外国における、または地球全般的におけるより低水準な基準、生産、および/またはより高い消費との比較。国内の生産を正当化する手段として、生産の海外移転の脅威を挙げるときなどは、責任転嫁のカテゴリーに属するかもしれない。「スイスの工場式畜産の改定案は、より少ない動物にもっと広いエリアを要求する。こんなことをすると国内の生産量が減り、国外からの輸入の依存が増える。するとこの改定案の目的に反して、(国外の)厳しくない規制のもとで生産された動物製品の輸入が増えることになるんだ」 | |
その諸々との比較 | その他の「汚染者」とのあらゆる有利な比較。例えば、他の種類の農業、別の小売店、他部門(例えば、美食店やビーガン/ベジタリアン食生産など)。 | |
責任転嫁 | 図4は関係者間の責任転嫁の結果を示している。 | |
消費者への責任転嫁 | 現在の食品システムとその変化の責任は消費者にあるとすること。例えば、消費が生産量と生産の質を決定すると主張したり、高品質な部分しか食べないといった食習慣の批判や、一般的に肉を食べ過ぎることの批判や、消費者が安い製品しか買わない、といった批判。「牧畜業者はいつも(新しい規制に)順応していくだろうが、必要なのは新しい規制ではなく、消費者の行動の変化だ」「消費者の行動の変化も大きな役割を果たす。もしディスカウント店で最安のミンチ肉しか買わないのであれば、畜産業界の労働条件は今のまま変化しないのも当然だ。変化の鍵は消費者にあるんだ」 | |
小売店への責任転嫁 | 現在の食品システムとその変化の責任は小売店にあるとすること。例えば、小売店における市場支配力の集中化、小売店の価格付け、またはあ肉・乳製品の広告を批判する。「まず最初に、市場経済では消費者が基調を作り出すんだ。〜中略〜牛乳市場もバター市場も同様だが、極端に価格で決まるんだ。なぜか?それは、安値を提供する販売会社は、大部分の消費者は安い商品のために良心を放り投げ、最安値で売っているところへ行き、他の買い物もそこですることを知ってるからだ。〜中略〜」 | |
政治への責任転嫁 | 現在の食品システムとその変化の責任は、過去・現在・未来の政府にあるとすること。例えば、政策、要求の多い規制、持続性を強化する政策への財政支援計画などを批判する。「生産地と牧畜方法に関するラベリングが必要だ。精肉と卵だけでなく、加工肉にもね。他には何をやっても無駄だ。消費者が承知の上での選択ができるよう、自分が買おうとしているものがどういう製品かを知る必要がある」 | |
締まりのない経済力への責任転嫁 | 現在の食品システムの責任と、持続可能な食品生産への移行への明らかな失敗を、経済的な制約と(国際的な)市場機構のせいにすること。例えば、(国際的な)競争や世界市場価格を引き合いに出したり、もし国内の基準がもっと厳しくなるならば生産を海外に移転させると脅したり、持続可能性へ投資する資金がないこと、および農業の構造的変化への脅威についての発言など。 | |
食品加工業界への責任転嫁 | 食品加工業界が農産物の利益から不当な取り分を得ているため、牧畜業者の財政的活動の余地が制限されていると責任転嫁すること。 | |
中傷 | 批判する者たちへの中傷 | ビーガン/ベジタリアン、活動家、NGO、一般消費者、政治家といった潜在的な批判者たちを、素人には動物畜産や食品加工のことなど分からない、とほのめかすことで中傷する。「円熟して、より批判的な消費者がとうとう現れて、ニセ環境保護主義者やアニマルライツ活動家の発言に対して疑問を投げかけて、本物の現実に対処するのを見てみたいよ」 |
注意: ここにリスト化されているカテゴリーは、データの中で少なくとも5回は当てはまったもののみである。出現頻度の低いカテゴリー(こじつけ、牧畜業者への責任転嫁、米国との有利な比較、正しい、自然だ、普通だ)、およびほとんど出てこなかったカテゴリー(拒否、牧畜業者間・消費者間・小売店間での責任拡散)などなど、さらに多くのカテゴリは SM2(訳注:SM2 は本論文内には未掲載)にリスト化されている。
図4 関係者と拡散する経済的勢力間の責任転嫁を図示したコード図。矢印の開始地点はこの研究で調べた関係者からのみ発せられている。このグラフは、初回の符号化による符号に基づいて描かれた。

- 図5はインタビューのデータセット内で、複数の符号が同時発生した頻度の概略を表している。
- 最も多いものがから順に並べると、既存の品質標準、消費者への責任転嫁、政治への責任転嫁、締りのない経済力への責任転嫁、小売店への責任転嫁、不特定の外国との有利な比較、となっている。
- 出現頻度の高いカテゴリー同士は、互いに強い同時発生率を示している(図6により詳細な各符号の出現頻度の概要が掲載されている)。
- 複数の符号が同時発生した出現頻度上位5つは、「既存の品質標準」と「消費者への責任転嫁」のペア(29回)、「既存の品質標準」と「政治への責任転嫁」のペア(23回)、「政治への責任転嫁」と「消費者への責任転嫁」のペア(19回)、「締りのない経済力への責任転嫁」と「消費者への責任転嫁」(16回)、そして「締りのない経済力への責任転嫁」と「政治への責任転嫁」(16回)である。
- ・全般的に、今回の分析で明らかになったことは、「婉曲的なラベリング」「責任転嫁」「有利な比較」の3つの道徳不活性化メカニズムが、インタビューの中で最も顕著であった、ということである。対照的に、「社会的正当化」はあまり見られず、「批判する者たちへの中傷」と「悪い結果の軽視」もまれであった。
図5 複数カテゴリーの同時発生を図示したコード図。図中の丸印はそれぞれカテゴリーを表し、丸の大きさが利用度を表しており、大きいほど出現頻度が高い。丸印の色は道徳不活性化のグルーピングで色分けされている。丸同士を結ぶ線は、同時発生の発生頻度を表している。

図6 各符号の出現頻度。出現頻度は、ドキュメント1つにつき最大1回と数えた。

ライセンス
訳注:オリジナルの論文は Creative Commons BY 4.0 ライセンスのもとで発行され、全5セクションからなる詳細な論文であった。ここではその重要な部分を抜き出して要約し、日本語へ翻訳した。
Charlotte Schüßler, Susanne Nicolai, Susanne Stoll-Kleemann, Bartosz Bartkowski
2024/05/01
Moral disengagement in the media discourses on meat and dairy production systems