オリンピック・パラリンピックの食べ物にはルールがあるオリンピック・パラリンピック(以下オリンピック)の調達基準というものがある事自体を知らない人も多いだろう。オリンピックのように大きく社会的な影響力が大きい大会は、社会的責任が求められる。ロンドン大会以降、その大きなテーマは”持続可能性”だ。IOC自身も持続可能な大会を目指している。大会で使われるメダルの素材だけでなく、選手村や会場の食堂で出される食事の素材についても、持続可能性に配慮した素材の調達が求められる。とくに大会に参加する10,500人の選手にとっては、普段自分たちが食べているものよりも質の悪い食べ物を食べることは避けたいことであるだろうし、しかも、これまでの大会からレベルが下がるということを知ればなおさら残念なことだと感じるだろう。ロンドンは放牧、リオはケージフリー、東京はケージこれまでの大会の基準をみてみよう。卵:ロンドン大会では屋内外を自由に出られる放牧卵以上とされ、ケージ飼育された鶏の卵の使用は禁止、屋外には出られない平飼い卵も使ってはならなかった。リオ大会では、ケージフリーでなくてはならないとされ、放牧か平飼いの卵、さらには地鶏が産んだもので、有機の餌を与えるとされた。東京大会は、飼育環境に関する基準はないし、地鶏という規定もない。 豚肉:ロンドン大会では、妊娠ストール飼育が禁止されていた(注)。そもそも英国ではすでに妊娠ストールは法的に禁止された飼育方法であったし、大会の翌年1月にはEU全体で禁止されるものであったため、当然の基準であった。リオ大会では、公式な調達基準はなかったが、世界第1位食肉加工会社であるのブラジル企業JBSやマクドナルドを展開する企業が大会の行われる2016年までに廃止するなど、民間での努力が著しかった。東京大会は、飼育環境に関する基準はないし、今の所、妊娠ストールフリーを宣言する大手企業はない。 過去2大会からのアニマルウェルフェアというバトンを落としちゃったといった状況だ。日本の状態はこのレポートにまとめたとおりだケージとストールの問題羽も広げられず、羽毛が禿げて、月に一度殺虫剤でびしょ濡れにされ、運動もできず、骨がもろくなって骨折しまくるケージ飼育では、鶏たちは健康を保つことはできない。体の大きさとぴったりの大きさのストールで拘束され、横を向くことすらできず、前に一歩後ろに一歩しか動けず、目の前の鉄棒をかみ続け、口を動かし続けるという異常行動を起こし、無気力・無反応がはびこる環境では、豚たちは骨と筋肉の強度低下、循環器系の健康阻害、脚の病気が誘発され、健康を保つことはできない。 また、声明を発表したオリンピック選手たちは、ストレスのある飼育から得た食べ物は、競技の結果にも結びつく可能性があると主張する。ストレスを受けた動物の肉は、グルココルチコイドなどのホルモン量が高くなる*1。グルココルチコイドは経口摂取され*2、筋肉と骨密度、テストステロン*3*4、免疫力の減退*5につながり、血糖値、心臓血管機能にも影響する上、説明できない精神状態の変動との関連もある *4。これらは、競技を目前にしたトップアスリートにとっては当然ながら注意すべき要素になりうる。 ケージフリーとストールフリーの流れ実はアニマルライツセンターの要望はもう少し範囲が広く、と畜の方法にまで言及しているが、今回の声明がこの2点に絞られているのは、世界中の企業が卵のケージフリーと母豚の妊娠ストールフリーを宣言していっている最中だからだ。ケージフリー宣言をする企業はもはや数え切れないほどであり、南米や東南アジア、アフリカにも広がっている。妊娠ストールの場合はさらに、中国の大手食肉企業もが切り替えをグイグイ進めている最中である。経済効率が落ちないこともあり、変えやすいようだ。今から2年後にはさらに広がり、当然のものになっていることだろう。そんなさなかに開かれる東京大会がこの基準をクリアしていないなんて、ビックリという状態だ。すでに10カ国でケージフリーの卵が流通するすべての卵の半分を超えており、EUと米国10州が妊娠ストール飼育を禁止しており、これらの国では日本人が遺伝子組換えの豆を使った味噌を避けるのと同じように、毎日の買い物でケージ飼育の卵を避け、ストール飼育の豚肉を避け、放牧の卵や肉を選ぶ。当たり前の選択肢が日本にはないとなったら、選手だけでなく観光客はどう感じるのだろう。 日本流アニマルウェルフェア私達日本人にとって、アニマルウェルフェアはまだまだ馴染みがなく、新しい考え方のように感じる人が多いだろう。だから農林水産省が提示したレベルのアニマルウェルフェアにころっと騙され、東京大会組織委員会も、今回の調達基準に「アニマルウェルフェアという言葉が入ったことが画期的」、などと述べる。 アニマルウェルフェアは科学的根拠を持って定義されているものであり、例えば鶏には1羽当り15cm以上の止まり木が必要である*6など、具体的にしていかなければあまり意味をなさない。難しいことのように聞こえるが、アニマルウェルフェアとは動物自身の性と欲求利用し、免疫力や社会性や能力を活かして農業をするというものであり、人にも動物にもメリットがある。ただし、狭いケージや拘束飼育して動物の動きを封じるような飼育環境では、そのメリットは一切享受できない。しかし、東京大会の調達基準になっている「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」(以下AW飼養管理指針)には、わざわざ「最新の施設や設備の導入を生産者に求めるのではなく」と、ケージでもストールでもいいから安心してねと書いてある。業者を守るためだと思われるが、これではアニマルウェルフェアの正しい理解は広まらない。 オリンピック選手たちの声明にはこう書かれている。「東京には、世界中から最高の体験を求めて、たくさんの人がやってきます。東京オリンピック・パラリンピックが食材の方針を改めず、世界が受け入れるクオリティに達することができないなら、畜産動物の福祉の向上を目指している世界から東京が遅れをとっていると見られるでしょう。」声明にはアジアを含め33カ国53団体が賛同している。東京大会のアニマルウェルフェアが見せかけであることに、世界は気がつきはじめている。2024年のオリンピックはパリ、2028年はロサンゼルスだ。当然放牧の卵、妊娠ストールフリーの豚肉が使われるだろう。両地域ともに、もっと高いレベルを目指すことができる。時が経てば経つほど、日本の基準の低レベルさが際立ってくる。東京大会は残念ながら”負の遺産(レガシー)”を残すことになるだろう。 畜産物の調達基準の仕組み畜産物の調達基準は、まず以前からある”Global G.A.P.”という国際的な認証と、”JGAP”という2017年に慌てて作られた新しい認証と、これらの認証をとるのが難しい農家のための”GAP取得チャレンジシステム”という農家が自己点検を行う仕組みの3つが用意されている。1つ目のGLOBALG.A.P.の畜産物基準は日本語訳の基準すら公開されていない。GLOBAL G.A.P.のアニマルウェルフェアは少ないが、それでもJGAPよりは良い。2つ目のJGAPのアニマルウェルフェアの項目は実は2項目しかない。『AW飼養管理指針のチェックリストを活用して、飼養環境の改善に取り組んでいる』こと。つまり、チェックリストがすべて「はい」であることは求めておらず、チェックリストを見ながら改善に取り組んでいればよしとするものであり、認証の意味をなしているような気がしない。またAW飼養管理指針のチェックリスト自体があやふやな定義がなされており、捉え方次第でだれしもが「はい」にチェックできそうな項目ばかりが並ぶ。もう1つは『家畜の輸送に当たっては、アニマルウェルフェアに配慮するとともに、家畜の衛生管理ならびに安全の保持および家畜による事故の防止に努めている。』というもので、具体的な規定はなく、例えばこんな状態でもOKかもしれない。https://www.youtube.com/watch?v=ItKEkk_v5qQまたは写真https://drive.google.com/open?id=18YbhrHgMZ6inniHF1QkatyGDQu7mETY7https://drive.google.com/open?id=1pAp33ZSr_OYahjMj6ZNFpXG0uxSIhftG3つ目のGAP取得チャレンジシステムも、AW飼養管理指針の自己チェックを求めているだけで最も簡易だ。 よい取り組みすらも潰すかもしれないなにもないよりは、たしかにマシだ。今JGAP認証をとっている農場や、GAP取得チャレンジシステムの取り組み農場は、日本国内では意識が高いほうの農場だろう。ケージフリーへの移行に取り組んでいる養鶏場も、ストールフリーの養豚場も数件だけだがみられる。それらの農場はもしかしたらグローバルレベルに達している可能性もある。でも、日本流アニマルウェルフェアの枠組みの中にいたら、良い評価を得ることは難しいだろう。日本として世界から得るアニマルウェルフェアの評価が、このままだと明らかに悪いものになるためだ。せっかくのオリンピックという機会は、マイナスに働くかもしれない。低いレベルの農家に合わせたオリンピックではなく、高いレベルの農家を評価できる調達基準であるべきではなかったのか。 東京大会時における日本食・食文化の発信を目指す日本政府と東京都、日本食はたしかに美味しいけれど、素材は日本から入れないほうがいいとならないよう、卵のケージフリーと豚肉の妊娠ストールフリーくらいはクリアしたほうがいいのではないだろうか。食べ物は大会直前に調達するのだから、バトンを拾うチャンスはまだある。 (注) 種付け後4週間までと分娩前1週間を除く*1 Martinez-Miro, S., Tecles, F., Ramon, M., Escribano, D., Hernandez, F., et al. (2016). Causes, consequences and biomarkers of stress in swine: an update. BMC Veterinary Research, 12: 171.*2 Becker, D.E. (2013). Basic and clinical pharmacology of glucocorticosteroids. Anesthesia Progress, 60(1): 25-32.*3 Crawford, B.A., Liu, P.Y., Kean, M.T., Bleasel, J.F. & Handelsman, D.J. (2003). Randomized placebo-controlled trial of androgen effects on muscle and bone in men requiring long-term systemic glucocorticoid treatment. Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, 88(7): 3167-3176.*4 Moghadam-Kia, S. & Werth, V.P. (2010). Prevention and treatment of systemic glucocorticoid side effects. International Journal of Dermatology, 49(3): 239-248.*5 Klein, N.C., Go, H.C. & Cunha, B.A. (2001). Infections associated with steroid use. Infectious Disease Clinics of North America, 15(2): 423-432.*6 Council Directive 1999/74/EC of 19 July 1999 laying down minimum standards for the protection of laying hens. Official Journal L203, 03.08.1999 p. 0053‐0057. クリックして Twitter で共有 (新しいウィンドウで開きます)Facebook で共有するにはクリックしてください (新しいウィンドウで開きます)Share This Previous Article「毛皮を買わないという選択を」チラシを配布して下さい Next Article宮城県議会でアニマルウェルフェアについて一般質問 Comments (3)コメントを残す コメントをキャンセル 2017/09/22