今回のコロナ禍において注目をあつめた動物がいます。コウモリです。もう忘れた人もいるかもしれませんが、コロナ禍がはじまった2019年には、コロナウィルスの発生にコウモリがかかわったことが、未知の感染症を恐れる流言飛語も混ざり、メディアやネットを騒がせました。コウモリぐらい地球上広範囲に、さらに歴史的に人間から忌み嫌われた動物はいません。日本の街中にいるコウモリは、ほとんどアブラコウモリといいますが、小さくとも牙の目立つ見た目で、夜に自宅の軒下などにいたら、感染症の恐怖もあいまって「怖い」という感情をもつ人もいるでしょう。そのためか、最近はコウモリを専門に駆除するビジネスも起業されています。大昔のおとぎ話の世界では、コウモリが吸血鬼として描かれることがよくありました。現代にそう信じている人はいないとおもいますが、いまでもコウモリが不気味なイラストとして描かれる理由は、彼らが保有するウイルスの中に、人間にとって危険なものがあることが知られているからでしょう。その代表的なのが、人間が感染すると致死率の高い狂犬病ウイルスです。実際にコウモリはこのウィルスには感染しやすいため、狂犬病のリスクがある地域では接触しない注意は必要です。ただし狂犬病ウィルスは、空気感染しないと言われています(日本獣医師会が空気感染は過去2例で、それはコウモリの密度が高い洞窟内で起こったと説明)日本で棲息するコウモリは街中どこにでもいますが、嚙まれないように気をつけることは、それほど難しくはないと思われます。※参考:コウモリと狂犬病 http://nichiju.lin.gr.jp/ekigaku/kachiku99/refe0103.htm公益法人日本獣医学会のサイトには、コウモリとの接触における感染リスクについて、次のように説明されています。「コウモリが関係する感染症には、狂犬病、SARS、ニパウイルス感染症、ヘンドラウイルス感染症、ヒストプラズマ症などが知られています。近年、わが国のコウモリにおいても病原性は不明ながら様々なウイルスが検出されていますが、これらのウイルスがコウモリからヒトに感染した事例はありません。しかしながら、国内のコウモリにおいては、各種病原体が存在しないのではなく、未だコウモリにおける病原体の保有状況とその病原性のほとんどが不明であり、感染リスクの評価はできません。また、コウモリにはノミやダニ、トコジラミなどのヒトや動物を吸血する寄生虫が寄生しており、それらの寄生虫がヒトや犬、猫に寄生する可能性があります。実際に、コウモリに寄生しているコウモリマルヒメダニがヒトに寄生していたとの報告や人家からコウモリマルヒメダニが採取されたとの報告があります。これらのことから、コウモリを触る、家庭内に入れるなどの行為は避けることをお勧めします。(日本大学 獣医公衆衛生学研究室鍋島圭)」獣医学会の説明からも、コウモリはそこにいただけで、直ちに駆除しなければならない危険な野生動物ではないことがわかります。コロナウィルスの蔓延にコウモリが関係したことについても、現在は人間とコウモリの直接的な接触ではなく、森林破壊、野生生物の領域へ人間の侵入、集約的な工場畜産などが人間と野生動物との間に、ウィルスを強毒化する相互作用を起こし、それにより新たな人獣共通感染症コロナが発生したという研究があります。※https://www.nature.com/articles/s43016-021-00285-x つまりコロナを理由にやみくもにコウモリを怖がることには、科学的な根拠がないのです。しかし見た目からくる恐怖感からか、過剰に反応する人による感情的な駆除が発生しがちなため、動物保護上の問題が起きていると、わたしたちは懸念を持ちます。このようなコウモリの駆除問題について考えるきっかけになったのは、ある建物で起こった出来事でした。建物の住人が、窓の外にコウモリがいるのを見つけ、時間がたっても動かないのが恐ろしくなり、ネットで探したコウモリ駆除業者に連絡しました。業者はすぐに来て、コウモリを捕獲し、代金を受け取って帰りました。この駆除には建物の管理をする大手不動産会社が関係しました。駆除業者に後日確認したところによると、捕獲したコウモリは会社に持ち帰ったか、遠くの山で放したか記憶にないそうです。この出来事には2点問題があります。1、コウモリは鳥獣保護管理法に保護された野生動物コウモリは鳥獣保護法によって保護されています。鳥獣とは鳥類または哺乳類に属する野生動物のことです。だから有害だとして駆除するときは、適切な申請を行なって、環境大臣又は都道府県知事から許可を得る必要があります。ただし平成26年の鳥獣法の改正により、鳥獣の捕獲許可の権限は都道府県から市町村に委譲されました。これは農作物の食害などを防ぐための手続き簡便化で、保護を目的とした法律が弱まったわけではありません。ですから許可を得ずに捕獲した場合は、鳥獣保護管理法に違反となり、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科せられることもあるのです。今回の建物におけるコウモリ駆除は、後日のアニマルライツセンターによる調査から、管轄市町村への許可申請なくおこなわれたことがわかっています。当該業者に聞くと、「申請はするときもあるし、しないときもある」そうです。その差は「お客様が要求する緊急性」だというので、客がすぐ駆除してくれといえば無申請で駆除するし、急がない、あるいは大がかりで時間を要する駆除の場合は申請するという流れのようでした。むろん、これは鳥獣保護管理法上違法であることを指摘し、業者は是正を約束してくれました。鳥獣保護管理法の考え方については、環境省:鳥獣保護管理法の概要 https://www.env.go.jp/nature/choju/law/law1-1.html に詳しいので、関心ある方はご参照ください。もう一つの問題は、「窓の外」にいる野生動物は駆除の対象といえるか?という疑問です。基本的にコウモリの駆除が自治体によって許可されるのは、屋内に侵入してきたときだといいますが、窓の外というのはどう判断されるのでしょうか。この点については環境省 鳥獣保護管理室 川辺氏にお話しをうかがいました。「窓の外…一般的には屋外ということだが判断は難しい。自治体によっても違うだろう。しかし基本的に被害防止、生活環境の被害防止、学術研究、個体数調整以外では駆除できないのは、鳥獣保護法9条規定捕獲許可の項に書かれている」ということでした。判断しにくいとはいえ、川辺氏のお話からは、コウモリが窓の外にいた場合、人間が被害を受ける可能性があるか?が論点になるとわかりました。これに関しては、実際に窓の外にいたコウモリの駆除にかかわった不動産会社の担当者に話を伺いました。担当者は住人が、コウモリが持つ「菌」による健康被害が心配だというので、駆除には妥当性があったという考えでした。被害があったのではなく、被害が起こるかもしれない恐れがあったということです。しかし被害が起こるかもしれない恐れから駆除するという判断を、動物保護団体としては容認できないと担当者には話しました。糞尿などなんらかの被害がでていないのに、予見で駆除するというのは鳥獣保護管理法上違法性があることも、合わせて指摘します。担当者はネズミやハトの巣は、いままで管理建物において問題になることはあったが、コウモリというのは初めてで、じつはその動物を自分はよく知らないと話していました。だからこれからは駆除要請があったときに、必ず行政に申請し判断を仰ぐとご理解いただけました。ところがこの件について仮に役所に駆除申請が出されていたとしても、自治体担当者によって判断はまちまちであり、おうおうにして駆除が許可されたであろうことが都道府県や市町村に確認してわかりました。現行の管轄は市町村にあるのですが、当該市に持ち込まれるコウモリ案件の件数が少なく、権限移譲されてからの経験がなかったので、都道府県にも確認したものです。何人かの担当者に話を聞き、気になったことは「蓋然性」と「可能性」いうことばが混用されていること。日常はそれほど厳密ではないかもしれませんが、この言葉を行政や政治がつかうときは「蓋然性」は客観的根拠のある確実性、「可能性」は見込みのことを言います。つまりコウモリの糞や死骸が落ちていたら被害が起こる「蓋然性」があると言えるかもしれませんが、被害があるかも…という「可能性」だけで駆除するのは、明らかに違法だということです。コウモリ専門駆除業者が管轄内にあるのに、持ち込まれる駆除申請が少ないというのは、申請がされずに業者が駆除するケースが多いのではないかと懸念します。業者と行政の両者が、コウモリ駆除に対して保護法令やコウモリの命を軽視する傾向があることに憤りを覚えました。ちなみに不動産会社担当者は鳥獣保護法という法律があることを知っていましたが、細かいことは承知していませんでした。この点について、駆除は事実上誰かが所有する不動産内で起こるものですから、不動産会社全社に理解してもらうべく、サステナビリティ部署に鳥獣保護法理解にむけての要望書を送りました。正直なところ、動物に縁のない不動産会社が案件の重要性をすぐに認識できるかには疑問がありますが、業界大手だけに抱える膨大な物件数を考えると、動物の駆除問題に、法的な制限と倫理的な課題があることに気が付いてほしいと願います。2、自分と自然との境界 生物多様性の理解ところで「窓」という言葉を国語辞典でひくと、①室内に光線・空気をいれたり、景色・様子を見たりするために、壁・屋根にあけてあるあな。という説明の他に②外と内をつなぐものという意味があると記載されています。この場合まさしく、生物多様性を尊重する世界と、人間がそれを破壊しても法的に容認されうる世界との境界に「窓」があるといえます。窓の外にいたコウモリは昼間は寝ていて動かなかったのでしょうが、夜になれば窓灯りにあつまる蚊を食べるはずでした。人間世界の灯りに集まる虫をコウモリが食べる、このささやかな人間と生き物のつながりが、じつは生態系における都会的な事象であることは、動物保護活動家でなくても気が付くとおもいます。すなわちわたしたち人間の生物としての活動が、コウモリとつながる接点にはこの場合「窓」がありました。わたしたちの住居の窓の内側に関しては、被害があったときには自分たちの命を優先することもできる。では窓の外はどうなのでしょう? 窓の外の生態系に対して、そもそも「怖い」という感情だけで、わたしたちは手を下してよいのでしょうか。動物がかわいそうだから駆除はダメだ、コウモリだって一生懸命生きているから駆除してはいけないといった、感情論で処理すると、この問題は永遠に解決できません。2014年に内閣府が生物多様性について調査したところ(https://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-kankyou/2-3.html)生物多様性の意味を知っている人は16.7%しかいませんでした。逆に「意味は知らないが、言葉は聞いたことがある」と答えた人が29.7%、「まったく聞いたこともない」と言う人が52.4%でした。ということは2015年にSDGsが国連で採択され、15番目に生物多様性が言及されたときに、じつに82.1%の日本人が「生物多様性」の意味がわからなかったということになります。だからこそSDGsで生物多様性が求められる時代になっても、自分自身が生態系のつながりの中で生きていると理解できない人が、現実的に存在するのです。その人たちに動物の命の大切さをどう説明すればいいでしょうか。最近よく、街灯に集まるコウモリや死骸を見ることが増えたと言います。実際なんらかの原因により、住宅街にコウモリが増えているのです。そのコウモリたちとわたしたちが共存できる社会を作るために、まずは人間生活の灯りに集まる彼らに、ほんの少しの寛容さをしめすことから始めるのは、一つのスタートになるかもしれません。ネズミ駆除の問題記事はこちらねずみをなぶり殺す「粘着シート」や「殺鼠剤」 – アニマルライツセンター (arcj.org)クリックして Twitter で共有 (新しいウィンドウで開きます)Facebook で共有するにはクリックしてください (新しいウィンドウで開きます)クリックして X で共有 (新しいウィンドウで開きます)Share This Previous Article水も足らないビニールで売られる観賞魚たち Next Article海の駅九十九里 イワシ資料館のイワシが超過密 展示の廃止を求めます 2023/04/18