お話しはアニマルライツセンターのあるスタッフが、休日に体験したことから始まります。観光地の湖のほとりを散歩していると、観光客に白鳥が餌を求めて近寄ってくる風景を見ました。この地で白鳥を見るのはそれほど珍しくはないですが、人慣れした白鳥が岸に上がり、人に向かって大股で歩いてくるので、観光客はおもわずお金を払って餌を買い、白鳥に投げ与えています。餌を投げると寄ってくるのは鳥だけでなく、何もなかった水面が波打ち、大きな魚もまとまって集まってきました。 餌をほしがる白鳥の仲間たちは、岸から少し離れた水面から「人間たち、できるなら餌をここまで投げてみよ」と優雅な所作で待っています。だから人は精一杯投げるのですが、案外と白鳥には届かず、ほとんどが水面に顔を出す無数の魚の口に入りました。集まった魚は大きな鯉でした。ですがほとんどの客は魚には興味を持たず、鯉にかまうのは餌を遠投する腕力がない子どもだけ。その小さな子が、越冬のため腹ごしらえする鯉たちに、ぎこちない優しさで餌をあげるのを眺めていたら、ふと、ある異変に気が付きました。鯉の中には、少なくない数の口が変形した個体がいました。最初は生まれつきの形態異常かと思いましたが、この割合で変異が起こっていたら大変な問題だとよく観察すると、変形は必ず顎のの片側にありました。水面に顔を出す魚の動きは素早いからよく見るため写真を撮って確かめると、1枚の写真に6~7匹の鯉が写り、その写真10枚に5匹の口が変形した鯉が写っていました。 鯉の口が変形した理由はその場ですぐに思いつきました。その湖は手ぶらでもルアーなどの釣りができる観光地で、その日も岸辺や貸しボートから釣り糸を垂れる人たちがいました。釣れる魚で食用になるものはほとんどなく、釣り人はいわゆるキャッチアンドリリース∗¹で釣っては放すゲームを楽しんでいます。観光ガイドブックに、鯉は初心者や子どもでも釣りやすいと書かれていました。鯉は針にかかると引く力が強く、釣りの楽しさや満足感を簡単に堪能できるとも説明されています。だから口が変形してしまった鯉はおそらく、釣りあげられたときに針にかかった重みで口の一部が損傷してしまったか、針を抜かれるときに、釣り人に引きちぎられてしまったものとおもわれます。 想像してください自分の口が突然針金で釣り上げられ、痛みと恐怖でパニックになったらどうなるか。逃げようとして暴れれば暴れるほど傷がえぐられ、皮膚がちぎれるだけでなく、筋肉が損壊し神経がズタズタに切れていく。なんとかうまく逃げられた、あるいは逃がしてもらえたとしても、そんな大怪我をして治療もされず、あなたは生き延びられるでしょうか? あるいは生きていたとしても、必要な栄養を摂取する器官である口が、二度と満足に食べられない状態になって、あなたは健康でいられるでしょうか?鯉が水面に顔を出して餌を食べる様子を見ると、健康な個体はホースのように口を使い、水流ごと餌を吸い込んでいます。鯉の口は餌をかきとるスプーンと受け皿の両方の機能を果たしているように見えます。しかし口が変形した鯉たちは水流が起こせずに、口の端まで餌が来ないと食べられないし、口で餌をすくうこともできません。釣られた怪我こそ治っているようですが、口の一部が欠けたり、ねじれてちゃんと合わさらなかったりで、健康な仲間のようには体が機能しないのです。自分が思うように食べられるスプーンと皿を失ってしまった鯉は、口の中に偶然食べ物が入ってくるのを待つしかありません。 キャッチアンドリリースという漁法キャッチアンドリリースはもともと、乱獲を防いで種を保存する自然保護として広まったそうですが、現在では倫理的な配慮として「殺さない釣り」がマナーだと、日本では理解されているようです。けれど最近では、このキャッチアンドリリースこそ、むしろ残酷だという意見が増えています。海外では人気のある魚種が乱獲され数が減ることを防ぐため、依然として、キャッチアンドリリースを推奨する国(オーストラリアなど)がありますが、一部の魚種に限ってリリースを推奨するが、魚を傷つけない専用の針を使うべきとする国(カナダ)もあります。スイスや釣りが免許制のドイツ∗²では、人道的でないとして、キャッチアンドリリースが禁止されているそうです。キャッチアンドリリースの根底にある “no-kill”(殺さない)は、環境にも生命倫理的にもよいことだとして一世紀以上推奨されてきましたが、およそ10年ぐらい前から、その流れが変わったのです。 “no-kill”(殺さない)は倫理的か釣りの達人たちの釣り入門サイトに学ぶと、魚にダメージを与えないキャッチアンドリリース法とは、数秒で魚の生死が決着する瞬時の手技で、とても初心者や子どもがすぐマスターできる漁法ではないとわかりました。専用の釣り具も必要です。魚は陸上に釣り上げられると、心肺機能が10秒しかもたないそうです。だから陸に20秒も釣り上げられていた魚は、放せば泳いでいきますが、そのまま余計に苦しんで死んでいくだけです。それでも “no-kill”なキャッチアンドリリースは、倫理的で心優しい釣りといえるでしょうか。瞬時に魚を殺す漁法は、日本各地に古来から伝承しています。どうしても娯楽で釣りをするなら、たとえちょっと釣り堀であそぶときでも、魚を苦しめない殺し方を学んで実践すべきではないかとおもいます。殺すのは嫌だという自分勝手な言い訳は、魚を過度に傷めつける正当な理由とはいえません。SNSでは釣り上げた魚をぶら下げた、満面の笑顔の写真をよく見かけます。そのあとどんなに心優しくリリースしても、魚は助かってホッとすることも、放してくれた人に感謝することもありません。いったん釣り上げられた魚には、痛みと恐怖と死んでいく苦しみしかないからです。そう考えると湖の鯉が釣られても生きていたのは、かなり珍しいケースだとわかりました。しかし餌付けされた白鳥のそばで暮らし、観光客が落としていく食べ物を得て、たまたま生存していただけで、鯉の魚らしい幸せが奪われたことに変わりはありません。 コロナ期に人気上昇する娯楽としての釣りところで縄文時代の遺跡から釣り針が出土するほど、日本の釣りの歴史は長いのですが、娯楽としての釣りがはじまったのは江戸時代からだといいます。時代劇にはよく、仕事より釣りにいそしむ、どちらかというとウダツの上がらない武士が登場します。そのじっと釣り糸を垂れる行為に、ある種のロマンと癒しを感じるのは世界共通の感性らしく、閉塞的な時代こそ娯楽としての釣りは、いっそう好まれる傾向があるようです。まさにこのコロナ期がそうで、密にならない健康的な娯楽として、今から釣りを始める人は多いと報道されます。最近では「釣りガール」と呼ばれる女性の愛好者も、メディアでもてはやされています。キャッチアンドリリースを楽しむ人は、自分は少し魚をびっくりさせたかもしれないが、優しく放してあげたから、どこかで元気に泳いでいると信じたいのかもしれない。しかし現実は、あなたがその道の達人でないかぎり、あなたが放した魚は、痛くて苦しい時間を、数日から数週間生きて死ぬのです。あるいは重い障害を負い、魚らしい俊敏な生活は送れないまま、辛くて重い一生を過ごします。この記事を読む人の中にも釣り好きな人はいるかもしれません。あるいは身近に釣りを趣味とする人がいたら是非、キャッチアンドリリースの残酷さを教えてあげてください。あなたにとって釣りは、命の次に大切な娯楽かもしれませんが、魚にとっては一番大切な命そのものを奪われる、取返しのつかない暴力です。中でもキャッチアンドリリースは、魚を緩慢に苦しめて残酷に死なせます。それでもリリースしたほうがいいのか、いやキャッチしたらすぐ殺すほうがまだマシなのか。釣りが好きで、その楽しみとともに人生を謳歌する人たちに、悩んで決めてもらうしか、今できることはありません。 ∗¹日本ではおもに外来種などについて、外来生物法、条例・漁業調整規則等によりリリース(再放流)が禁止されている魚がいます。詳しくは公益財団法人 日本釣振興会公のホームページをご参照ください。 https://www.jsafishing.or.jp/thought/catch_releaseught/catch_release∗²キャッチアンドリリースが法律で禁止されている国でも、むしろ再放流が義務付けられている場合があります。 例・既定のサイズに満たない魚 ・繁殖期(禁漁期)の魚 ・レッドリストで指定された保護対象の魚クリックして Twitter で共有 (新しいウィンドウで開きます)Facebook で共有するにはクリックしてください (新しいウィンドウで開きます)クリックして X で共有 (新しいウィンドウで開きます)Share This Previous Article10/28の港区立エコプラザでの講演会のレポート Next Article犬猫以外の動物も飼養規準改正行う予定。差別に歯止めを! 2020/10/30