2021年4月18日のばんえい競馬で、騎手と厩務員それぞれが、馬の顔面を蹴り上げた件について、アニマルライツセンターは告発状を出した。馬の顔面を蹴り上げる。分かりやすい虐待行為だ。しかし表には出てきにくく、もっと常態化した虐待もある。それが「ハミ」だ。ハミはばんえい競馬だけではない。JRAでも乗馬でも馬術でも常用されている。6000年前からハミは使用されてきたというからその虐待の歴史は長い。馬銜(ハミ)JRA競馬用語辞典には、「馬銜(はみ)とは、馬の口に噛ませる棒状の金具である」と書かれている。ハミは手綱に繋がっており、この手綱を引っ張ることにより、口という非常に敏感な器官に刺激を与え、馬を操縦するために使用される。ばんえい競馬でも、レース中に、重し(最高1トンにもおよぶ)を引きずり続けることに疲れ、立ち止まった馬に対して、執拗に強く手綱を引っ張るシーンがよく見られる。手綱を引っ張られた馬は頭をのけぞらせた後、また足を踏ん張って重しをひきずって前に進むようになる。ハミを差し込む場所は、馬の口の前に生えている切歯と後ろの臼歯の間にある隙間(歯間)だ。歯間の狼歯は、ハミを差し込むのに邪魔なので抜歯される。馬が言うことを聞かないと手綱が引っ張られ、強い力がハミを通して口角や舌、歯槽に加えられる。ハミは歯の無い場所に差し込まれてはいるが、手綱を動かせば前後の歯に当たる。自分の口の中に金属棒が差し込まれ、それがガチンガチンと歯にぶつかる衝撃を想像してみてほしい。ハミは口腔内の痛みや病変、裂傷の原因となるハミの使用に関する口腔病変は、世界中の馬における一般的な所見であると報告されており、重要な動物福祉の問題だ。いくつかの文献を紹介したい。馬の口の痛み、特にハミによって引き起こされる痛みは、重大な福祉の問題と考えられている。ハミによる、圧迫、裂傷、炎症、血流障害、および組織が伸ばされることによる痛みが引き起こされる可能性がある。ハミありの場合、馬が痛みを感じていることが観察できるが、ハミなしの場合は観察されないか、はるかに少ない。Mouth Pain in Horses: Physiological Foundations, Behavioural Indices, Welfare Implications, and a Suggested Solution by David J. Mellor Animal Welfare Science and Bioethics Centre, School of Veterinary Science, Massey University, Palmerston North 4474, New ZealandAnimals 2020, 10(4), 572; https://doi.org/10.3390/ani10040572ハミありの場合と、ハミを除去した場合の、66頭の馬における、69の疼痛指標を評価した結果、ハミをのぞいた時に疼痛指標は平均85%減少した。66頭の馬のうち65頭は、ビットを取り除くことによって動物福祉が強化された。Behavioural assessment of pain in 66 horses, with and without a bit W. R. Cook M. KiblerFirst published: 31 March 2018 https://doi.org/10.1111/eve.12916競技に参加する424頭の馬の口吻を検査した研究では、予選前の152頭の馬(36%)で軽度の病変が記録された。それらはほとんどの場合、口角と隣接する頬粘膜で見られた。また、重度の病変は32頭(8%)の馬に見られた。予選後、決勝前の馬77頭を再検査したところ、60%の馬にハミ関連の病変が明らかになった。ハミを置く歯間の病変の頻度は、2つの検査間で8%から31%に増加した(水勒銜(すいろくハミ)を使用した馬で歯間の病変が観察されたのは1頭のみ。残りはすべてカーブビットの大勒ハミを使用した馬)。また、再検査では水勒銜の馬の62%に頬側の病変があった(カーブビットの大勒ハミを使用した馬では13%)。Bit-related lesions in Icelandic competition horses, Article number: 40 (2014)12の野生馬と66の飼育馬の下顎骨を比較した研究では、飼育馬の歯間の骨膜炎(骨棘形成)が62%以上で発見された。 また飼育馬の歯のエナメル質と象牙質への浸食が、小臼歯の61%で見られた。また飼育馬の88%が下顎骨の病変を示した。一方12頭の野生馬の下顎骨には、病変がなかった。Damage by the bit to the equine interdental space and second lower premolarW. R. Cook First published: 18 February 2011定期的に歯のケア(とがった歯の研磨)を受けている113頭の馬とポニーを対象とした研究では、ハミありの場合、口角、上顎の小臼歯側の頬の大きい急性の潰瘍の有病率がハミなしに比べて、優位に高かった。ハミの使用は、定期的な歯のケアを受けている場合でも、馬に口腔潰瘍を引き起こす可能性があると結論付けられた。2008 Dec;178(3):405-10. doi: 10.1016/j.tvjl.2008.09.020. Epub 2008 Nov 21. The prevalence of oral ulceration in Swedish horses when ridden with bit and bridle and when unridden繋駕速歩競走(人を乗せた二輪の車を馬につないで走らせ、競争させるレース)の競走馬をレース後に検査したところ、84%(219/261頭)がハミ付近に急性病変を有していた。21%(55/261頭)に軽度の病変があり、43%(113/261頭)に中等度の病変があり、20%(51/261頭)に重度の病変があった。馬の2%(6/261頭)で、口の外で目に見える出血が観察された。さらに、5%の馬(13/261頭)は、口の外に血液が見えなかったにもかかわらず、口からハミを取り除いたときにハミに血液が付着していた。Front. Vet. Sci., 12 July 2019 | https://doi.org/10.3389/fvets.2019.00206 Oral Lesions in the Bit Area in Finnish Trotters After a Race: Lesion Evaluation, Scoring, and Occurrenceネット検索すると、ばんえい競馬のような地方競馬でも、中央競馬でも(JRA)でも、レース中やレース後に、馬が口から血を噴き出していることがある。ハミにより、舌がほとんど千切れそうになった馬が手術を受けている様子も分かるが、いずれも直視しがたいほど痛々しい。ハミにも様々な種類がある。一般的に使われるのは水勒銜(すいろくハミ)で金属の棒の中央部分にジョイントがあり、左右にリングがついておりそこに手綱をつけるタイプだ。小手先の技術を弄する馬術では、それよりももっと強い圧力をかける大勒銜(たいろくはみ)が使用されており、馬の負担も大きい。だが水勒銜が使用される使う競走馬が、ギャグビット(大勒銜の一種)のポロポニーよりも著しく高い口腔外傷の有病率であったという研究*3もあり、水勒銜であれば無害というわけではない。また、JRAでは競走馬を曳くときにチフニービット(ハート形のハミ)というものが用いることがあるが*1、チフニービットは通常のハミよりも下への強い圧力がかかる。チフニービットで口腔内が傷つき糜爛している様子もネットで見ることができる。口の中で繰り返しガチャガチャとハミを動かされ、どれほど痛かっただろうか。舌縛りハミを差し込まれた馬は、ハミによる歯間の痛みはどうすることもできなくても、舌の痛みだけは逃れたいと、ハミの上に舌を出してしまうことがある。そうなるとハミで舌に圧力を加えることができなくなる。そこで行われるのが舌縛りだ。JRA競馬用語辞典は、舌縛りについて次のように書いている。舌縛り 馬銜吊りなどを用いても馬銜を越して舌を出す(「舌を越す」という)癖を直すことができない馬に使用する。この方法は、レースの際に舌を引っ込めて(気管を防いで)しまう癖がある馬やDDSP(軟口蓋背方変位)という疾病を発症しやすい馬にも有効である。適度に幅の広い包帯が多く用いられている。舌を大きく動かすことができず、馬に苦痛を与えるようにも思えるが、実際はそれほど苦痛を与えるものではない。こう書いているがとんでもないことだ。舌を動かせないように縛るなど虐待以外の何物でもない。世界動物保護協会は舌縛りについて「舌縛りに関連する問題には、馬が痛み、不安および苦痛の兆候を示す、嚥下困難、舌の切り傷および裂傷、あざおよび腫れがある。」と書いている*2。RSPCAのサイト(What is the RSPCA’s view on the use of tongue ties in horse racing?)はこの問題についてもっと詳しい。まずJRA競馬用語辞典に書いてある「気管を防いで」については、”舌縛りはごく一部の馬で「窒息」を防ぐ可能性がありますが、これを行う正確なメカニズムは不明であり、大多数の馬に有益な効果はありません”とされている。舌縛りをされる馬 How tongue-ties are used in horse racingさらに舌縛りの影響と規制についても書かれている。舌縛りの使用に関連する問題には、馬が痛み、不安および苦痛の兆候を示す、嚥下困難、舌の切り傷および裂傷、あざおよび腫れがあります。また血流を制限することで、舌が青くなり、永久的な組織損傷を引き起こす可能性があります。12頭のスタンダードブレッド種の馬に関する最近の研究では、舌縛りがある馬は、ない馬よりも有意に多くのストレスの兆候を示し、このストレスは舌縛りを経験した後での使用で増加したことがわかりました。これは、馬が舌縛りを嫌悪し、この不快感に慣れていないことを示唆しています。ドイツでは、レース業界は舌縛りを深刻な問題として認識し、最近それらを禁止しました。国際馬術連盟(FEI)も、さまざまな馬術スポーツで舌縛りを禁止しています。一部の国では、露出した舌の組織損傷や凍傷の可能性があるため、冬の使用が禁止または制限されています。最近の国際馬福祉ワークショップで、舌縛りが馬の福祉に深刻な悪影響を及ぼしていると評価されました。なお、オリンピックにおいてもFEIの規定が使用されているため舌縛りは禁止。また日本の馬術(JEI)の規定においても舌縛りは禁止されている(ただし禁止は競技中に限る)FEIおよびJEIの規定は日本馬術連盟のWebサイトから見ることができる。*舌縛りについては、JRAに対し、JRA競馬用語辞典の「舌縛り」の項目内容の変更を求めるとともに、JRAは舌縛りを規制するルールを持っているのかどうかの質問を提出した。追記:JRAの回答(2021年6月2日)は、次の通り。獣医とも話をして「言葉が良くない」ということになったので、どこかのタイミングで修正する予定である(時期は不明)。言葉が良くないというのは「科学的根拠がないのにこの言葉を使用した」という意味かと聞いたが、明確な回答は得られなかった。その後、記述が下記のように変更された舌縛り”馬銜吊りなどを用いても馬銜を越して舌を出す(「舌を越す」という)癖を直すことができない馬などに使用する。舌縛りの際には舌の損傷を避けるため適度に幅の広い包帯を使用したり、専用の装具などを使用したりする。”痛みへの恐怖ハミの痛みは、痛み自体の有害性だけでなく、特に痛みがひどい場合に、痛みを予測するときの不安や、それを経験している間の恐怖が含まれる。どのような痛み、どのような恐怖なのかピンとこない人には「メラーペンテスト」を試してみてほしい。特に競馬や乗馬、馬術関係者にはぜひ試してほしい。この痛みがまた来ると想像するのがどれほど怖いかが分かるだろう。Mouth Pain in Horses: Physiological Foundations, Behavioural Indices, Welfare Implications, and a Suggested Solution by David J. Mellor Animal Welfare Science and Bioethics Centre, School of Veterinary Science, Massey University, Palmerston North 4474, New ZealandAnimals 2020, 10(4), 572; https://doi.org/10.3390/ani10040572「メラーペンテスト」により、馬の歯間の歯茎に加えられる圧力を体験することができる。やってみると、歯茎は、圧迫を含む痛みを伴う刺激に非常に敏感だということが分かるだろう。まず(A)ペンを口の前に持ってください。(B)口を開き、上唇と下唇が両側で交わるところにペンを置き、喉の後ろに向かってペンを押してください。重大な痛みはありません。(C)下唇を下にひっくりかえし、ペンを歯茎の中央切歯の下に置きます。(D)唇を離し、両手でペンを持って歯茎に圧力をかけてください。どのくらいの圧迫による痛みに耐えることができますか?息切れ・窒息体験ハミは、運動時の気道閉塞および異常な吸気音(喘鳴)の一般的な原因となる*4。まず基本的なことだが、馬は完全な鼻呼吸の動物だ。効果的な呼吸のために、馬は鼻から呼吸する必要がある。並外れた駿足という機能を備えた(と言っても彼らは別にスピードの限界に挑むのが好きなわけではない。駿足なのは捕食者から逃れるためであって、競争するのが好きなのは人間だ)彼らの、呼吸器系に対する生理学的要求はかなりのものだ。全速力で激しい筋肉活動の酸素需要を満たすために、サラブレッド競走馬は1分間に110〜130回息を吸ったり吐いたりして、1800〜2000 L /分の総気流を達成する必要があります。これは、安静時の値の25〜27倍の増加を表します。*Mouth Pain in Horses: Physiological Foundations, Behavioural Indices, Welfare Implications, and a Suggested Solution by David J. Mellor Animal Welfare Science and Bioethics Centre, School of Veterinary Science, Massey University, Palmerston North 4474, New ZealandAnimals 2020, 10(4), 572; https://doi.org/10.3390/ani10040572十分な呼吸を行うためには、気道をできるだけ広くあける必要がある。そのために馬は、しっかり口を閉じて口腔を陰圧状態にし、軟口蓋が喉の奥深くで舌根にしっかりと固定されて口腔が密閉されなければならない。そうしなければ、鼻呼吸を妨げてしまうからだ。しかし、ハミが口の中に差し込まれたらどうなるだろうか?ハミにより空気が口腔に入り、軟口蓋が開放されると、吸気中の気流の抵抗が増加しする。そして肺胞ガス交換を減少させ、息切れの窒息体験を引き起こす。そこには窒息するかもしれないという恐怖も伴う*。また、ハミへの過度な手綱の圧力は、馬のあごを胸に向かって押し込んだ状態にしてしまうことがあるが(特に馬術でよく見られる)、あごが胸側に傾けば傾くほど鼻咽頭の断面積が減少し、気道制限を引き起こすため、この状態での容易な呼吸は難しくなる*。ハミは虐待ではない、正しく使えば問題ない、という意見もあると思うが、福祉上のリスクを抱えていることは間違いない。さらに「馬に言うことを聞かせるために金属を口腔に押し込んでいる」という事実にも変わりはない。馬は犬と似ており、社交的で、人を喜ばせたいという気持ちを持っている。その従順さを利用して彼らは様々な娯楽に利用される。動物利用の裏には必ずハミのような動物の苦しみがあることを忘れないでほしい。最後になるが、競馬や馬術競技だけでなく、アニマルライツセンターは乗馬そのものに反対する(馬の背中は人を乗せるためのものではない)。しかし、どうしても乗馬が止められないという人は、ハミなし頭絡というものを試してみてはどうだろうか?ハミが馬に及ぼす影響を研究し続けてきたW.R.COOK博士は、ハミは馬に苦痛を与えるだけでなく、馬の問題行動を引き起こし、馬が持つ最高のパフォーマンスを出すことも妨げている、としてハミなし頭絡を推奨している。「ビットレスブライドル」「ハミなし頭絡」などで検索して、ハミ離れを試してみてほしい。W.R.COOK博士の「馬の行動に対するビットの影響(THE EFFECT OF THE BIT ON THE BEHAVIOUR OF THE HORSE)」(2002年)*1 JRA 2018年11月20日 (火) セリ馴致と上場馬の魅せ方 No.11 (2010年6月15日号)*2 Five reasons why horse racing is cruel 29/10/2019*3 A Cross-Sectional Epidemiological Study of Prevalence and Severity of Bit-Induced Oral Trauma in Polo Ponies and Race Horses F. Mata, C. Johnson, Charlotte Bishop Published 2015*4 First published in 1999; updated in 20071RefereedPATHOPHYSIOLOGY OF BIT CONTROL IN THE HORSEW. Robert Cook, FRCVS., Ph.D.,参照RSPCA What are the welfare concerns associated with the use of bits and tie-downs in riding horses?クリックして Twitter で共有 (新しいウィンドウで開きます)Facebook で共有するにはクリックしてください (新しいウィンドウで開きます)クリックして X で共有 (新しいウィンドウで開きます)Share This Previous Articleアニマルライツチャンネルvol16[アニマルウェルフェアの今] Next Article子どもの日に考える~動物への思いやりを育てないオモチャの存在 2021/05/03