チンパンジーは人とよく似ている。
道具を使うところも、感情表現はほとんど人と同じであり、愛情表現も、悲しむときも、喜ぶときも、怒るときも、迷子になったときの行動も同じだ。
と言っても、他の多くの動物もほとんどこのあたりは似たようなものなのだが、チンパンジーは特に似ている。
たとえば集団で戦争をすることなどは、人とチンパンジーの共通点だろう。
いま日本には、本来中央アフリカにしか生息しないチンパンジーが315人も日本にいる。
同じような感覚を持つチンパンジーが、人に捕えられ、どのような一生を送るのか、それは正しいことなのか、そしてあなたはどう行動するべきなのか、考えてほしい。
大分県 別府温泉にある山地獄(動物園)にいたポン
ポンは男性で、1978年にアフリカで産まれ、1~2歳で日本に連れてこられたチンパンジーだ。12畳ほどのコンクリートの薄暗い檻、中にはタイヤがひとつ、ぶら下がっていた。
2005年時ポンの環境の改善をお願いしたが叶わず、彼は28歳で嘔吐による窒息で亡くなった。
もちろん、たった一人で、コンクリートの上で。
その遺体は22箇所の研究所にサンプルとしてばらまかれたという。
秋田県 大森山動物園の4人は孤独だった
秋田市の大森山動物には4人のチンパンジーがいる。
1967年産まれの女性のジェーン、1972年産まれの男性のポンタ、二人はは一緒に過ごしている。アニマルライツセンタースタッフが行った際には屋内の大きなガラスの内側のコンクリートの部屋に入れられていた。
2005年に産まれた男性のコタロウ。訪問時、外からは見えない室内に入れられているということで、全く姿を見ることはできなかった。母親は沖縄の動物園に貸し出されたか売られたようで、今はひとりぼっちだ。
2005年に産まれたボンタとジェーンの子供で2014年まで伊豆シャボテン公園にいたが戻ってきたというジェイタロウ。ひとりぼっちだ。
4人居るということであったため多少安心して訪問したのだが、彼らはその社会性をまったく活かせない環境に置かれていた。
本来なら、オスはグループを作り、協力し合う社会構造を作るが、ここではオスであるということで分断されているということだった。これまでコタロウはいなくなった母親以外のチンパンジーとは会ったことはないという不自然さだった。
彼ら4人は、今も小さなコンクリートの部屋か、放飼場か、全く隠された部屋に入れられたままだ。
栃木県宇都宮動物園 恐ろしく狭い檻に4人監禁されている
幅約8m、奥行き約4m、コンクリートの檻に、それぞれ2人づつ閉じ込められている。まさにこれぞ監獄。外の木から落ちた枯れ葉があることが唯一の救いに見える。
糞を投げたりつばを飛ばしたりするので注意するようにとの紙が貼られていた。
檻をガタガタと揺さぶり続けたり、奇声を上げたり、糞をなげたりという行動をしていているチンパンジーと、それ他のチンパンジーはなにもやることはなく、ただ座っているしかない。
ここのチンパンジー達を見た後だと、他の動物園は素晴らしいのではないかとすら感じるほど、狭い空間だった。
チンパンジーはどのような動物か
チンパンジーは20人~100人ほどの集団で主に森のなかで暮らし、コアなテリトリーは平均12平方km、さらにオープンなテリトリーは少なくとも山の手線内よりも広い。
男性社会で、男たちは1日のうち数時間、テリトリーの境界線にそって一列に並んで見回りをし、侵入者がいれば戦い、協力して狩りをする。結婚前の女性は別の群れに移ることができ、さらには子供を産んでから実家に戻ってくることもできるという。餌を探し、ともに狩りをし、家族や仲間と遊ぶ。
そのライフサイクルも人とよく似ている。生まれてから約5年間は母親と離れずに過ごし、夜も巣の中で一緒に眠る。成人するまでの13年間は仲間とともに遊び、模倣しなから学ぶ。幼少期に特に親密だった親や兄弟などとの家族の絆は強く、一生親密に過ごすという。
恋をし、伴侶を作り、子供を作り、家族や仲間を守り、そして人のように長期の戦争をしたりする残酷な一面も持っている。
子育て中に母親が死んでしまった場合、子供はうつ状態になったり、食べる量や遊ぶ量が減る。兄弟や親戚が面倒を見ることが多いが、時折関係のないチンパンジーが孤児を引き取ることもある。
感情表現もほとんど人と同じ、悲しみ、絶望の表現も同じ、不安で泣き出したりもするし、キスもするし、怒った時は物を投げたり振り回したりもする。
チンパンジーを含め、動物たちは自分でエサを探して採りたい、毛づくろいや日光浴をしたい、家族とともに居たい、仲間を守りたい、仲間と触れ合いたいという欲求を持っている。
動物園等に閉じ込められている場合、これらの欲求は満たされず、変化もなく、1日の大半をただ退屈に過ごすことになる。このなにもやることがないという状況は、動物たちを精神的に追い詰めていく。異常行動を起こしたり、攻撃的になったり、無気力になったりする。
315人のために行動を
複数人が一緒に暮らしている施設はまだましかもしれないが、それでも無気力にうずくまり動かない姿が見られる。
そんなチンパンジーにがっかりしてガラスを叩いたりする子供たち、大人たち。苦しむ動物を笑い、異常行動を楽しむ人間は、動物たちからどのように映っているのか。
動物園の檻はよく監獄に例えられるが、今や監獄には娯楽が用意され、仲間と会話ができ、多くの囚人が家族や友人からの手紙を心の糧にしているという。動物園に閉じ込められた彼らは、そのような心の拠り所すらない。彼らは罰を受けているのではない。ただ人間の好奇心を満たし、その大きさや形や質感を見せるだけのために、囚われている。
そして動物園の動物たちは不要になれば売られていく。近年チンパンジーを”仕入れる”ことは容易ではないためそれほど海外に売り払うことは少ないかもしれないが、日本にいたチンパンジーもこれまでに104人が中国をはじめとする諸外国に売り渡されてきた。
売買され、閉じ込められる動物たち。
全ては人間の、金銭欲や知識欲、征服欲、もっと小さな週末の楽しみを得たいという刹那的な欲望など、様々な種類の欲望を満たすための犠牲だ。
そろそろ苦しむ動物を見て楽しむことをやめよう。
今ある動物園は、人の楽しみではなく、動物を尊重する考え方を取り入れ、動物数を減らしていかなくてはならない。
できること
- 動物園に行かない
- 幼稚園や小学校の遠足に動物園ではない場所を提案する
- 動物園に動物の飼育状況の改善をお願いする
- 常同行動(体を揺らし続ける、同じ場所をあるき続ける等)を見かけたらすぐにその動物園がある行政の動物愛護センター(または保健所)に通報をし指導をお願いする
- 動物園に動物を増やさないでほしい、減らしてほしいとお願いする
アメリカにあるサンクチュアリのチンパンジー
動物園にいるチンパンジーとは全く異なる動物に見える。
エンリッチメントは簡単ではない、人的リソースも、スペースも、環境の多様性も必要なのだ。でも実はそんなに難しくないとも言える。チンパンジーの行動は人とあまり変わらないのだから。