ニホンザルは森の中、林の中、山の中に暮らしている。木に登って身繕いをし、木の上や草の上で親子で木の芽や実などもとる。運動能力は優れており、木だけでなく急な岩肌も登ることができるし、不安定な枝や場所でも平気だ。 海外では「snow monkey」や「北限のサル」として知られており、青森県などの雪山の中で過ごす姿は有名だ。 温泉に入る姿もニホンザルならではかもしれない。 様々な場所で、様々な法で暮らすことができるニホンザルだが、基本的に森の住人だ。そのニホンザルは、日本の動物園ではなぜかコンクリートの擁壁の中の岩山を与えられる。 日本人はコンクリート敷を愛してやまないのは他の動物も同じだが、ニホンザルの展示はほぼ画一的にコンクリートに岩山だ。 このサル山は当然ニホンザルにとって適切な環境ではない。岩山がない狭い檻であることもあるが、それも当然適切な環境ではない。 ニホンザルは本州以南に住む日本人であればだれでもが野生の状態を見られる動物であるが、なぜかどの動物園にも、どの無料の動物公園にもニホンザルがとらわれている。野生に戻すことが出来ないというのであれば、今とらわれている動物たちの状況を、改善してほしい。 今の環境しかない状況であっても改善する方法は難しくはない。 ニホンザルのエンリッチメントの方法まず、エンリッチメントには行動エンリッチメントと環境エンリッチメントがある。環境を整えるための対処として新しいアスレチックを一つ入れてみても、行動エンリッチメントが抜け落ちると、なんら動物の生活の質は向上しないものだ。行動を促す、日常に刺激を与える、動物の本来の行動欲求を満たす、ということをちゃんと理解しなくてはならない。ニホンザル(マカクザル)を理解するまず、海外のサンクチュアリ(展示施設ではなく、疑似野生保護区)のマカクザルの映像を見てみよう。 野生の猿はもっと運動能力が優れているし、細くて高い枝をつたって木をわたっていったり色々な姿を見せてくれる。殆どの動物に共通した特性だがマカクザルも例に漏れず、好奇心が旺盛で、また知能が高い。探求や探検できる環境を与えることは豊かな生活をもたらす。また社会性が高く、雌の序列構造がある 昼活動をし、そのほとんどの時間、食糧探しをしたり、他のサルと交流したり、休む場所を探したりして過ごす。用意されるべき最低限の環境広さは広い方がいい。そんなことは当たり前だが、最低限、以下の行動ができることを担保してほしい。サルらしい行動が取れること行動エンリッチメントを行うだけの面積があること逃げ場があること上部に登れること屋外と屋内両方を行き来できることサルらしい行動をとったり上部に登ったりするためには、囲いの中には立体的で複数の止まり木や棚やはしご(それに替わるもの)や可動性のある(揺れる)構造物などが必要だ。 若いサルは揺れるブランコや止まり木やハンモックなどを利用するだろうし、高齢のサルは動かない止まり木や棚を好む。 これらの構造物を作る際には、首に巻き付かないことや、柔軟性のあるチューブなどを利用すべきである。消防ホースや、つなげた自転車のタイヤなどはよく利用される。 またこれらの構造物は定期的に位置や構造を変えることが望ましい。そのためにも再利用可能であったり、配置換えをしやすい素材を使うほうがよい。例えば自転車のタイヤなどは連結させたり、連結を外したり、引っ掛ける場所を変えたりしやすいだろう。また、素材はサルが噛み砕いてしまうようなジュートや綿などで出来ていると、それを食べてしまい腸閉塞になる危険性がある。 丸太での止り木や固定されている棚などは可動性をもたせるのは難しいことが多いため、固定されているものと、可動性のあるものの両方を取り入れるべきだろう。これらの構造物を複数種類、たくさん用意すること。狭い場合は?もう絶対的に敷地が狭いという場合は、2階建てにする方法がある。 ウッドデッキのようなもので高さを仕切る。全体でなくても一部でもよい。そうすることで移動したり遊んだりする場が増える。 高齢のサルでも登れるように階段やはしごやスロープを付ける。寒さ・暑さ対策多くの飼育下のサルは、凍傷で尻尾や指を失ったりしているという。屋内で風をしのぐことができるような構造であることは必須である。日本の暑さがコンクリートの上ではとても過ごしにくいものであることは容易に想像できる。プールなどを設置することは行動欲求も刺激するためよいだろう。プールは頑丈であり、溺れないように浅いものが良い。夏場はエアコンが入った屋内に自由に出入りできるようにするべきである。屋外エリアも、木陰ができたりシェードで影を作るなどする必要がある。また暑さ対策のためにもコンクリート敷はやめるべきであろう。行動エンリッチメント正常な行動を引き出し、行動欲求を満たすためには、設備を整えるだけでは不十分だ。以下の基本を抑え、行動エンリッチメントを導入する必要がある。同時に豊富なエンリッチメントを提供する(Schapiro&Bloomsmith 1995)エンリッチメントアイテムを供給するためのリストを整理して、アイテムを入れ替え(入れ替えて同じものを何度も使うことが可能)、動物を飽きさせないようにするエンリッチメントカレンダーなどを作って管理する動物に危険を及ぼす素材(鋭利なものなど)は使わないもしくは鋭利な部分などを加工してから使用するエンリッチメントアイテムの数と種類、動物の数、動物のニーズ、アイテムへの関心を考慮するまた交換は以下のようなサイクルで行う。 そのサイクルを管理するための管理票も準備するとよい。構造的、設備的なエンリッチメントは2週間ごとに交替するダンボール箱などの破壊可能なアイテムは、2日ごとに取り除く食物によるエンリッチメントアイテムは毎日交換する給餌によるエンリッチメントエンリッチメントの中で最も動物にとって魅力的なものはエサを使ったものだ。肉体的に健康であっても、満たされていると見なされるべきではない。 摂食に伴う複雑な行動および認知を無視し、食物を予測可能なスケジュールで、いつも同じ食事として提供したり、1つの場所(例えば、お皿の上)で食べやすい状態で提供したりすることは、動物福祉に悪影響を及ぼす。 適切な栄養は不可欠だが、食事の内容や給餌方法を多様にすることで飼育下のマカクザルの生活は豊かになりうる。 Jennings & Prescott 2009もともと動物たちは日中の時間(70%)の多くを餌を探すことに費やすため、行動欲求を満たすものとしても適切だろう。おやつを中に入れて、転がしたり振ったりいじったりするとおやつが取れるというおもちゃが市販されている。日本の場合はその多くは犬用だ。エサを小さくして芝生の上や人口フリースの上などに撒く。木毛やおがくずなどの敷料の中か、床の上または紙袋内に、食品を飛散させる良質な飼料ミックス(ヒマワリの種、カボチャの種、松の穀粒、フレークトウモロコシ、ローカストビーン、バナナチップス、ドライアプリコット、レーズン、米穀など)容器の中に食品を入れる。取り外しが容易なもの(例えば木製品)で栓をするか、はがしたりねじをはずしたりしなければならない蓋をするパズルフィーダーを活用し、操作を必要とし、食物の回収のための精巧な運動技能を発揮させる壁や天井から食べ物を吊りさげる。これは、より多くの課題に挑戦し、プロセスへの予測不可能な動きをもたらす1日中何回も摂食機会を設ける毎日食事の種類を変える(ある程度ローテーションさせても良いので毎日変える等)操作や加工が必要な食べ物(剥いたり一部分しか食べられないなど)を提供したり、食品を小さく切断するなどおもちゃや檻の外側や構造物や吊り下がっているおもちゃなどの表面に、粘着性のある食品(例えば、蜂蜜、リンゴシロップ)を塗る。テニスボールを、シロップまたは希釈フルーツジュースで浸したり、その後穴を開けて飼料ミックスに入れることができるフルーツジュースや豆乳などの液体を凍結した塊にする。空洞がありコップ状になっているおもちゃは、食品(例えば、ピーナッツ、果物、ヒマワリの種)で満たして冷凍するもちろん与え過ぎたり太り過ぎないようにする。また、以下のような低カロリーで良質な穀物やごま、タネなどを、マカクザル1頭につき一日10g×1~2回を撒くことで持続的な摂取行動をさせることができる。麻種子米ごまヒマワリやカボチャの種子オートミールレンガ豆小麦大麦乾燥ココナッツ亜麻仁コリアンダーコーンフレークポップコーンそばの実トウモロコシ乾燥エンドウ豆赤豆白豆 などなどまた、果物や野菜などは枝や葉っぱなどがくっついたまま丸ごとあげることで、剥いたり工夫して食べるなどの行動が期待でき、また栄養も取りやすい。最大の誤り、客によるエサやり日本の動物園では未だに客にエサを買わせ、動物の囲いの中に投げ入れさせている動物園がある。 ときには決められたエサ以外のものが投げ込まれることもあり、また人間が持っていた病気が移ることも考えられる。特に日本の動物園は飼育員が少なく、常に監視している状態ではない。まず衛生的にも健康的にも、危険が大きい。 さらに、動物たちは客が餌を投げるのを待つようになり、多くの場合物乞いをする。動物を見下げ、優越感に浸るような行為を子供にさせるべきではないし、動物に物乞いという惨めな行為をさせるべきではない。おもちゃや構造物(遊具)によるエンリッチメントおもちゃになるものを1つ2つ与えてもすぐに遊ばなくなるからと動物園に言われることは多い。タイヤやボールや遊具を一つ与えてあるだけの動物園が日本はほとんどであるが、大きな誤りであろう。 飽きてしまうのはあたりまえのことで、あなたもたったひとつのおもちゃで何日遊び続けられるか考えてみれば、それがとても難しいことがわかるだろう。 おもちゃは複数用意し、同時に複数を選べる状態であることと、これらを1週間、2週間毎にローテーションし、交換していく必要がある。 おもちゃにはいろいろな種類のものがあり、上述したエサもおもちゃを使って給餌する事ができる。 またニオイの付いた物、カラフルなもの、触感がおもしろいもの、など感覚を刺激するものであることも重要だ。一番簡単な方法考え方は簡単で、人間の子供のおもちゃや犬のおもちゃを想像してみればよいのだ。カラフルで、音がなり、手触りが工夫されていて、口に加えても安全なものでできている。 ※人間の子供よりも力が強く運動能力が高いので、その点は考慮してほしい。つまり、以下の2点が最も用意が容易なおもちゃだ。犬のおもちゃ人間のおもちゃ(壊れにくいもの)おもちゃは多様おもちゃはできればプラスチックや金属などではなく、自然の木でできたものなどが用意できるとよい。色んな形をした木の大きめのブロックや、パイプや、筒状のものなどが考えられる。マラカスやシェイカーなど音を出して遊ぶものもよい。またダンボール(破壊されるため2~3日で取り除く必要がある)や電話帳などもよい。ただし、様子を見て食べてしまう場合は取り除く必要がある。与え方もただ与えるだけでなく吊り下げたり、連ねてみたりすることで、工夫できる。吊り下げたり連ねたりするときは、やはり安全な消防ホースを使うとよい。自然物を利用する動物にとって最も持続できる”おもちゃ”は自然だ。土木砂葉っぱ水など日本の動物園の多くがコンクリート敷であるが、動物がいじったり掘ったりできるだけの深さの土や砂をいれることは必要だろう。屋内施設の場合は、オガコや敷きワラなどを敷いてあげてほしい。これらは2週間に一度は交換をするか、こまめに清掃をして汚れた部分を取り替える。敷料も、いろいろな種類が合ったほうが良い。 土だけでなく砂のエリアを作ったり、オガコの週と藁の週とを交互にするなど工夫の仕方はいかようにでも。大きな木が敷地内に複数生えている状態が望ましいが、日本の動物園では殆ど見たことがない。後から植えることもトライしてほしいが、いずれにしても葉っぱを食べられてしまう可能性は高い。そのため大きな枝や笹を入れてあげると良いだろう。 大きな木の枝や笹などを天井から吊り下げるなどは、日よけにもなりつつ、運動を促すこともできる。吊り下げるときはサルが乗って揺らしても落ちないように頑丈に固定しなくてはならず、本来は囲いを設計する時点で想定しておけると良い。 吊り下げるのが難しい構造の場合はそのまま与えてもよい。サルたちは自分たちで遊んだり破壊したりする方法を考えるだろう。 サルは葉っぱや皮などを食べるので、食べてはいけないような毒性のあるものは与えないこと。構造的にプールや池が設置されていない場合は、簡易的なプールを用意すると良いだろう。 ホームセンターに行けばコンクリートを混ぜる用の大きなタライや池用のタライなども売っている。子供用のビニールプールは壊される可能性が高いので避けたほうがよい。上述しているとおり、溺れないように深くなりすぎない程度のものを使う。 さらに上を目指すなら、できれば流れが合ったほうが動物の好奇心をそそり、更に飽きづらい。衛生面を考えても流れがある方が良い。これは広さや循環の設備などが必要であるためなかなか難しいかもしれないが、動物にとってはうれしいことだろう。音を利用するマカクザルの耳は人間の倍良い。人間は約20kHzまでしか聞こえないが、マカクザルは40 kHzまでの音を聞くことができる。 音楽や様々な音を普段から聞いておくことで、日常の騒音や突発的な音などにも適応しやすくもなるというメリットもあるという。音楽自然の音(水や風など)サルにとって怖くない動物(同種含む)の声耳が良いということは、それだけ、騒音や不快な音もストレスになるということでもある。高音過ぎたり低音すぎたり、人間でも不快だと感じる音、いわゆる騒音はストレスを引き起こす。音も試してみて不快そうにする行動を見せたらそれはNG音として記録し、聞かせないようにする。色を利用する色覚を刺激することも必要だろう。 おもちゃや構造物自体の色をカラフルなものにするという手が一番手っ取り早い。ニオイを利用する嗅覚ももちろん刺激して行動を誘発することができる。下記のようなものを液体の場合は構造物やおもちゃなどに付着させたりする。スパイス香水オイルハーブにおいのある植物や花他のサルが触った(使った)おもちゃや木や巣の材料など一人にしない多くの動物がそうであるように、サルも社会性のある動物で、群れで暮らす。 その社会性のある動物を一頭だけで飼育することは避けるべきだ。 もし個々の猿が別々に飼育しなくてはならないなら、お互いが見れ、聞けて、ニオイを嗅ぐことができるようにする。さらに、相手のサルからの視線を逃れられるようにする配慮も必要である(隠れられる場所を用意する、後ろ側に回れるようにする等)。また、単独飼育をして交流が持てない環境であれば、代わりに玩具や餌探しなどの生活を豊かにすることがより重要になる。年令による違いマカクザルは30年前後生きる寿命の長い動物だ。 人間の若い人と高齢の人では趣味嗜好や行動や能力が異なるように、若いサルと高齢のサルでは嗜好も行動も能力も異なる。 若いサルのほうが好奇心が旺盛で運動能力も高い。 高齢のサルは、関節炎などを患っていることもあるし、運動能力が追いつかなくなっていることもある。 若いサルは動くものや動く場所が好きだが、高齢のサルは固定されたおもちゃや場所を好む。 年令を重ねていくごとに変化する嗜好性や能力を観察しながら、エンリッチメントの種類や方法を変えていけるとよいだろう。福祉が低いときに示す行動実験動物の福祉的飼育を指導するNC3Rsによると、以下の行動が福祉が不足しているときに示される行動であるという。指標として利用すると良いだろう。制限された行動環境を十分活用できない採食行動や移動の停止新しい物体への好奇心が殆どないほとんどまたは全く発声しない異常な余剰時間休みなく動く・または多動(旋回し続けるなど)活動の低下応答しない過剰な摂食(過食症)心因性過剰摂水不適切な社会行動同胞への攻撃同胞に対する過度の恐怖や回避毛づくろいによる脱毛症や毛髪の脱毛症仲間への失態幼児の攻撃や無視人間に対する侵略や回避行動の増加他の異常パターン常同行動(同じ姿勢を取り続ける・旋回し続ける・体を揺らし続ける等)自傷行為(毛を抜く・刺す・目をつく等)尿を飲む食糞歯ぎしり恐怖と苦痛の傾向後ろやケージの上部に退避する警告の発声防御的な脅迫と攻撃失禁脱糞 最後に・・・サルのエンリッチメントは基本を抑えればそれほど難しい要求はない。 私達に近い彼らは、私たちが快適だと感じ、楽しいと感じることの多くをやはり快適で楽しいと感じる。 違う点は、私たちよりも運動能力や聴覚などが格段に秀でていることと、逆に人間と違って小説を読んで時間を潰すことはない。 不幸にも人間によって支配され管理されてしまっているサルたちはたくさん居る。 管理するのであれば、高いウェルフェアの状態、楽しいと感じられる状態を提供するのは、管理する側の義務だ。 なぜなら、彼らを人間が娯楽やら自分の安全やらに”利用”しているからだ。 高い福祉を提供できないのであれば、動物を支配し管理すべきではないし、適切な福祉(つまり最低限の福祉=5つの自由)を提供できないのであれば、動物を手放す(安楽死を含む)を検討することが必要となる。アニマルウェルフェアとは、管理する側にとっては厳しい選択を迫ることもあることを認識すべきだろう。 管理する側は、”不幸にも”管理されてしまっている動物に惨めで苦しい思いをさせてはならないのだ。どうか、日本の動物園などで管理されてしまっているサルたちに、適切で、より高いアニマルウェルフェアを。 それを実現するのは利用する側の義務であり、責任です。 <参考>https://www.nal.usda.gov/awic/environmental-enrichment-nonhuman-primates-resource-guide-online-resources http://wildwelfare.org/enrichment-animal-welfare/ https://grants.nih.gov/grants/olaw/macaques.pdf https://grants.nih.gov/grants/olaw/Enrichment_for_Nonhuman_Primates.pdf https://www.brown.edu/Research/Primate/lpn47-4.html http://pin.primate.wisc.edu/factsheets/http://www.nc3rs.org.uk/macaques/<資料日本語訳協力>細井純子クリックして Twitter で共有 (新しいウィンドウで開きます)Facebook で共有するにはクリックしてください (新しいウィンドウで開きます)クリックして X で共有 (新しいウィンドウで開きます)Share This Previous Articleフジテレビ[警視庁いきもの係]遺伝病のスコティッシュフォールド使用 Next Articleチェコ共和国が毛皮農場禁止!下院に続き上院を通過 2017/07/28